早く出よう、と身振り手振りで促す連れの男を横目で見詰め、軽く頷いた。
群集の流れに逆らって踵を返そうとした途端……レヴィは弄っていたナイフを持つ手を上げ…。
「…協定………甘ったれた考えな事だな」
低い声音で呟くと同時に。
手にしていたナイフを、投げた。
キラリと鈍い光沢を放つそれは、人混みの僅かな隙間を潜り抜け、物凄い速さで空を裂きながら………門の両端に佇んでいたバリアン兵士の槍に、突き刺さった。
―――カツンッ、という小気味良い淡泊な音。
周囲のざわめきに掻き消されてしまうくらいの小さな音色だったが、門前で張り詰めていた緊張の糸を断つには、充分だった。
―――直後、フェンネル側と睨み合いを続けていたバリアン兵士達の恐ろしい眼光が、一斉に民衆に注がれる。
臨戦体勢に入った兵士達の血走った目は、殺気に満ちていた。
「無礼者め!誰だ!」
忌ま忌ましげに民衆が集まる辺りから投げられたナイフを強引に抜き取ると、兵士達は抜き身の剣を乱暴に振りながら群集に歩み寄って行く。
前方にいた野次馬らは、その恐ろしい威圧感を前にビクリと身体を震わせて後ずさっていく。
俺じゃない、私じゃない、と必死に首を左右に振り続ける彼等の後方で………一番冷や汗をかいていたのは、ナイフを投げたレヴィの連れの男だった。
当の本人はというと、別に自分は悪くないとでも言わんばかりに、むかつく程にしれっとした表情を浮かべている。
………すると、憤慨するバリアンに対して、呆然と突っ立っていたフェンネル側の人間の一人が……レヴィの存在に、気が付いたらしい。
こちらの方をじっと凝視してくるそのフェンネルの人間は、よく見れば今し方城から帰ってきた使者の代表だった。
…ゴミの様に押し合う群集の中で、どうして犯人がレヴィだと分かったのかは分からないが…その男はレヴィと連れの男を見詰めながら、ズカズカと歩み寄ってきた。


