珍しく風一つ無い、とても暑い日だった。




赤という色は、この砂漠の国に生まれた時から既に見慣れていた筈だったのに。



やけに鮮明で。
しかし黒ずんでいて。
妙に生々しくて。
異臭を放っていて。

じっと見詰めていると悪寒に似た寒気を覚えさせるその赤は、同じ赤でも異質だと感じた。



触れば指先で糸を引く赤は、見上げた天井から足元の床まで、隙間無くべったりと塗りたくられていて。


数え切れないくらいの蛆や蝿が集る光景は、とてもじゃないが見るに耐えないもので。



湿り気のある篭った空気は酷く臭くて、吐き気を覚えるくらいだったのに。








嫌悪感だとか、恐怖だとか。

そんな事も忘れて、ただ僕は…暑い朝日が差し込む目の前の惨状を、ぼんやりと眺めていた。









そこは、熱を凌いでくれる日陰を孕んだ家屋の光景。


住み慣れた、この世界で唯一存在する僕の居場所。






朝になれば、「お早う」という言葉を。
夜になれば、「お休み」という言葉を。
出掛ける際の背中に浴びる、「行ってらっしゃい」という少し心配そうな母の言葉を。
帰宅した際に迎えてくれる、「お帰りなさい」という幼い兄弟達の言葉を。



そんな些細な、でも酷く愛おしい言葉を交わしてくれる存在。

とある一夜で、物言わぬ真っ赤な屍と成り果てた存在。












昨日までは“普通”だったその居場所は、すっかり荒れ果てていて。







たった一夜。
出稼ぎでたまたま帰りが遅くなってしまった、その日を境に。






僕は、独りになった。










孤児になったあの日の事を、正直僕は、あまり覚えていない。








はっきりと覚えているのは、暑い日だったという事。

狂ってしまうくらい、暑い日だったという記憶と…。

















その居場所だった世界に、火を投じた事くらいだろうか。