亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~







新しいデイファレト王を迎えたことによって災いであった永遠の冬季が無くなったと言われてはいても、その契機からほんのまだ三年の歳月しか年老いていない雪国は、まだまだ雪国という銀雪の色から脱するには寒く、春が足を運んでくれる様になるには時が必要だ。

それでも真っ白な山々から冷たい雪解け水が生まれ、細い筋を作って流れてくるのを見つけると、これが小川になるのはいつだろうと期待せずにいられない。

春の訪れを感じさせるそれらは、一年の内、年初から二、三ヶ月の期間に見られるようになったもので、今年に関しては長年凍てついたままだったいくつかの湖に亀裂が生じていると聞く。
水底を覗けば稀に魚影のようなものが目撃されることもあるそうで、この国に魚なんてものがまだいたのだなと噂になった程だ。

徐々に変わりゆく雪国の姿に国民は少しずつ生活様式を変えようとしている。
とは言え極寒であることには変わらないため、衣食住に極端な変化は見られないが、隣国のフェンネルとの交易が始まったこともあり、民衆の中に異文化の新しい風が吹き込むようになった。

視野が広まったことでそれまで閉鎖的だった商人達に意欲が芽生えたのか、隣国の物に触れることで新しい商売を始めようと商人達が積極的に隣国に学びに来ることが増えた。

フェンネルは元々学者肌の人間が多い国民性なだけあり、それまでデイファレトでは不可能とされていた農業や酪農の方法を知りたいとやってきた商人達に快く自分たちの知識を惜しみなく与えている。
まだまだ気軽ではないが、今やこの両国は国民が行き交うのも珍しくない。



そしてその一般民衆よりも雪国の変化に特に影響されやすく、変わりゆくこれからの時代を見通していかなければならないのが…狩人の存在だ。




他国の者とあらば異端者と扱い、自分たちのテリトリーに踏み込めば老若男女問わず容赦なく殺す彼ら狩人もまた、神の呪縛から解き放たれたこの国に差し込む春の風を前に、少しずつ…本当に少しずつだが、自分達の有り様を変えていっていた。

相変わらず銀白の森や谷に篭って街の住人の前にはなかなか姿を見せない彼らだが、新しいデイファレト王が君臨してからは、各地の街々にその姿を見せるようになった。

根付いた差別は無くならない。だが、三年前のあの災いによる獣の群衆が街を襲った夜に狩人が命令であったにしろ人々を救った出来事から、彼らへの偏見は和らいだようにも思えた。


武装した白マントの狩人が、暖かさが増した昼間の街道を少し暑そうにフードを外して歩く姿など、三年前までは考えられなかった光景だろう。




夜明け頃は少しだけ細雪が降ったが、暑い雪雲の向こうで太陽が頭上高くに昇ったであろう頃には、どんよりとした日中の景色ではあるが心なしか温かい様な気がするその日も、公も公の場であるデイファレトの純白の城……ゴシック調のきめ細かな模様が彫り込まれた城の扉の前にも、白マントの内に過度な重装備をした狩人の姿があった。

すらりと高い身の丈に、狩人独特の毛皮で作られた厚着でも分かる、程良くついた筋肉。一戦士として見事に鍛えられた身体の、その狩人の若者は……。





……扉を背に、仁王立ちでそれはもう凄まじい殺気をビシビシ放ってくる少女を前に、引き攣った苦笑いを浮かべていた。