亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~


風を切って直進してきたナイフが、一歩後退したライの頬を掠っていった。
薄皮一枚裂かれた皮膚から、チリリと小さな痛みと熱が遅れて湧き上がる。赤褐色の肌からじわりと鮮血が滲み、数滴の珠となって闇夜に拡散していく間にも、敵の刃は進路を変えて続け様に襲いかかってきた。

「――っ…!」

繰り出される攻撃を紙一重で避け続けるが、その回数にも限度がある。相手は鍛え抜かれた戦士であり、自分も戦う術は持っているものの、その実力はこの男の半分にも満たないに違いない。

翻るマントの裾に、綺麗な一字の切れ目が走る。後退する。二の腕にピリリとした痛みが刻まれる。後退する。……ただひたすら後ろに下がるばかりの攻防とは言いにくい対峙に、ライは悔しげに奥歯をかみ締めた。
埒が明かない、と一歩踏み出そうとした途端…動きを読まれていたのだろうか、後を絶たぬ剣劇の最中に…突如、男の重い蹴りが腹部に深く減り込んだ。

まだ若い筋肉と骨が、無言の悲鳴を上げた。

(う゛、あ…)

声が出ない、息が出来ない、ぐらりと傾く視界と意識。ブツブツ切れる耳鳴りの合間に、砂を踏みしめるような音が聞こえて、ライは自分が地に伏したのだと気付いた。
痛いのか何なのか分からない痙攣する腹から込み上げるものを吐き出して、激しく咳き込む。

霞んだ視界の向こうで、男の下卑た笑みがこちらを見下ろしているのが見えた。
その口が何を紡いでいるのか分からないが、恐らく自分への中傷以外の何ものでもないだろう。



弱いな。
なんて、弱くて、呆気ないのだろう。

ロキやレヴィの戦いを見てきて、その実力に憧れ、尊敬し、早く自分もあの二人の隣に並べるくらい強くなりたいと思いながら剣の腕を磨いてきたが。
まだまだだ。それなりに強くはなっているのだが…オルディオにも言われたが…

僕は、まだ、心が弱い。

溢れ出る恐怖を抑えられない。立ち向かう勇気に変えられない。逃げ道を探すことばかり考えている。ただただ、怖いのだ。戦うという、命のやりとりが。