亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~

「……何処のどいつが邪魔しに来たのかと思えば…そこのガキと一緒にいた野郎じゃねえか…。…ガキ一人を追って来たってのか?呆れた奴だな。……普通なら、お前みたいな糞ガキはさっさと殺しておくんだが…」

月明かりの元で、男の湾曲を描くナイフがゆらりと淡い光沢を放つ。そこから一気に滲み出す殺気に、ライの手が一瞬震えたが…奥歯をかみ締めて堪えた。…敵との交戦の恐怖にまだまだ自分は慣れていないが……怖いなどとは、思いたくない。

「…バジリスクに乗ったガキとなると…話は別だ。猛獣を乗り回す様な子供なんかそうそういないからな……お前、何者だ………三槍の者か?」

「……」

何も言えずに黙っているライに、男の顔は意地の悪い笑みへと一変した。ぎらりと光る目が、気味悪く半月に歪んでいるのが見えた。引きつった下品な笑い声からは、露骨な嘲笑が孕んでいた。

「笑わせるなぁ…!こんなガキを戦力としている三槍も、そこに居座る身の程知らずのお前も!………奴等の仲間なら簡単に殺せねえな………しかしまずは、そこのガキをこっちによこしてもらおうか。……生憎仕事の途中でな…そのガキの役目はまだ終わってねぇんだよ…」

ゆらゆらと虚空を撫でる男のナイフから視線を外さぬまま、ライは必死に思考回路を働かせた。
…この後、どうすればいい?先程の押し合いで分かったが…力も技量も、向こうが明らかに上だ。自分のレベルで抗ったところで勝算は無いだろう。三槍と知られた今、この男から無事に逃げ切れることが出来るとしても、逃げるという選択肢は無くなった。敵に顔を覚えられてしまうなど、あってはならない。口止めでは済まない。……この男を、生かしておくわけにはいかない。

恐らくこの男は自分を生きて捕らえた後、三槍の情報を搾れるだけ搾り出して殺すつもりだ。男にとっては手柄の一つになるだろう。

(…仕事って言ったな……フォトを、どうするつもりだ?)

最終的には殺すつもりなのだろうが、バリアン兵士はこんな少年を連れ去って何をするつもりだったのだろうか。不意に、最近頻繁に耳に届く相次ぐ誘拐騒動と砂漠で見つかる死体のことが頭を過ぎった。

「…ちんたらしてると砂喰いの群れが来るからな…ここらで終わりにしてやる…!」

ぐらりと男が身を屈めた直後、大柄な身体からは想像も付かない速度でライに向かってきた。ライは咄嗟に身構えるが、暗闇のせいもあって男のナイフの動きが読めない。…感覚で、動くしかない。