倒れた石柱のオブジェを飛び越え、フォトの傍らに屈み込む。震える手で彼の身体を抱えて首元に触れると、肌に伝わってきたのは…小さな命の、弱弱しい鼓動だった。
(…生きて、る…)
瀕死に近い状態だったが、助かる見込みはある。安堵からか、冷え切っていた眼球にじわりと正反対の熱いものが溢れてきた。すぐさま身に纏うマントを脱ぎ、まだ温かい少年の身体を労わる様にそっと包みこむ。
手遅れになる前に、早く安全な場所に連れて行かなければ。…まずは医者…そうだ、ユアンに報せなければ。応急処置を…。……いや、ユアンは大丈夫だろうか?敵は負傷しているものの、あちらにはサナもいるのだ。
ホッと一息吐くのも束の間。別の不安が一気に湧き上がり、ライは反射的に元来た道へと振り返った。
…その不安が、結果的にライを生かすこととなったのかもしれない。
背後に振り返った目線の先。次に映したライの視界に……夜を裂きながら真っ直ぐこちらに向かってくる鋭利な刃が、音も無く現れた。
一瞬の緊張と、焦燥と、恐怖と。
身の危険を感じた本能は、瞬時に目下の少年を強く抱きかかえ、最低限の僅かな動きで刃の進路から紙一重のところで外れた。
「―――っ…!?」
直ぐ脇を通り過ぎていく刃と、それを握り締める大柄な男と、はためく黒のマントと。衣服に点々と染み付いた、血痕。
…敵がもう一人隠れていた、と認識する前に、ライの頭は怒り一色に染まっていた。
こんな小さな幼子に、フォトに…なんて惨い事を…!
「―――お前等…!」
腹の底から捻り出した様な叫びと共に、フォトを傍らに横たわらせたライは、振り返り様に一気に敵に向かって飛び掛った。
太股に括り付けたベルトから小ぶりなナイフを引き抜き、バリアンの紋章が見え隠れするマントの、その広い背中に切っ先を向ける。
その距離およそ数十センチというところで目前のマントが翻ったかと思うと、突如手中のナイフに掛かる圧力、そして小さな火花が散り、向き合った互いの顔を微かに照らした。
一瞬の瞬きの向こうに、マスクをした男…バリアン兵の不機嫌に歪んだ顔が見えた。その顔に、見覚えがある。
「…お前…あの時の、店にいた…!」
言い終える前に、男はライのナイフを勢いで押し返した。数歩分の間合いを作ると、互いの動きを窺いながら両者は構え直す。すると、マスクの内から苛立ちを含んだ声が聞こえてきた。


