亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~

巨体からの重い衝撃は、ライに痛みと軽い脳震盪にも似た眩暈を付けて、夜気で冷たくなった砂漠に叩き落した。
受身も取れずに背中を強打したが、ここが砂漠地帯であることが幸いした。軽く息が止まったが、一瞬真っ白になった視界は直ぐにクリアになる。身体を起こし、体勢を立て直さなければ…と大きく見開いたライの目に、衝撃で宙に舞う砂埃と、微かに瞬く星明りと……くるくると飛来していく、愛用のダガーが。

ハッとすると同時に、利き腕にあの硬いダガーの感触が無いことに気が付いた。
『戦いの最中、どんなに痛くともきつくとも意識が途切れようとも、武器だけは手放すな』と、昔オルディオが言っていた言葉がまるで走馬灯の様に脳裏を走っていく。

…不味い、と溢れ出す焦燥感から腰元の予備のダガーに手を伸ばした直後…視界いっぱいに広がる星明りが、急に真っ暗になった。

闇に慣れた瞳が、いつの間にか自分に馬乗りしている巨体を…その両手に握り締められたナイフを……こちらに直下してくる寸前の鋭利な刃先を捉え………振り落とされる死への誘いに抗うかの様に、ライの身体はほとんど反射的に動いていた。


自分の何倍も重いであろうこの巨体を退かす事など、細身の自分には到底無理なのだが…これが火事場の馬鹿力というものだろうか。
渾身の力を込めて腹にお見舞いした蹴りが、ぐらりと岩山を見事蹴飛ばしたのだ。

思いもよらず蹴飛ばされた男から…うっ、という低い呻き声が上がると同時にライは起き上がる。
腰からダガーを引き抜き距離を取ろうとしたが……何処からか悲鳴の様な叫び声が聞こえたのを、ライの耳は聞き逃さなかった。

…聞き逃す筈もない。それはあまりにも、覚えのある声だったからだ。




(……フォト、なのか?)

動揺を隠せず辺りを見回すライ。途端に途切れてしまった緊張感が油断を生むのは当然で、前方からナイフを構えて突進してくる男の動きなどまるで意識していなかった。