亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~


「記憶が戻れば、きっとその内自分の本当の名前も思い出すと思うんですけどね……だからそれまでは“サナ”で…思い出すまでは、その名前を使ってほしいな…って。………名前があるのと無いのとでは全然違いますから…」

「…そういうものですかねー」

「そうですよ。………何も無いなんて、寂しいじゃないですか」


サナの髪を梳き終わった櫛を仕舞うと、役目の終わった世話焼きな手はようやく落ち着いた…かと思えば、寝ているサナの頭をまるで母親の様に優しく撫で始める。
苦笑混じりに歯切れの悪い言葉を呟くライ。休む気配のない忙しい手の主に、ユアンはちらりと視線を移した。
常に子供の様な好奇心を宿した隻眼は、何かを探るようにライの顔色の、そのまた奥底を見詰める。


「…君の“拾い癖”は今に始まったことじゃありませんが………その猫といいサナ君といい……君はどうして…そんなに世話焼きなんですか?……いえ…少しばかり度が過ぎる様な気がしてね」



ライの拾い癖は、彼等の仲間内でも、彼を知る人間の中でも有名であり常識だ。
捨てられた物に対しては、「勿体無い」。生き物に対しては、「可哀想」。
目に止まったもの、気にしてしまったもの。何でもかんでも全てに妙な慈悲をかけ、そして何とかしなければいけない…という誰が決めたわけでもない自分の義務感に駆られ、その身一つに背負い込もうとする。


生真面目で慈悲深く、常に自分より他人を優先して周りを気にかける良い青年なのだが……ユアンには時折その世話焼き振りが異常に思えてならない時がある。

恐らくライは無意識で、そして無自覚なのだろう。いつの間にか自分の中で確立している彼だけの義務感が、彼自身に当然の事であると根っこから認識させてしまっているのだ。


…案の定、度が過ぎると発言したユアンに対し、ライはキョトンとした表情で瞬きを繰り返した。
いまいち理解していないようだったが、少しの間を置いてそれはすぐに何とも言えない困り顔へと変わった。