亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~



頬杖を突き、欠伸をかみ殺しながらぼんやりと二人を眺めるユアン。
暇に付け込んで睡魔が襲ってきたが、いつの間にかにじり寄ってきていた子猫のティーによる襲撃により、それはいとも容易く吹き飛んだ。
右手の人差し指にかじり付き、更にはしゃぶりついている子猫をブラブラと揺らしながら、この猫は指フェチなのだろうか…と、真剣に考える。


綺麗にサナの髪を梳き終わったライは、ティーとじゃれ合うユアンに向き直った。
途端、睡魔に負けたらしいサナが顔面を地面に叩き付ける勢いで前のめりに傾いたが、すかさずライの補助が働く。もうそれはほとんど、反射的な動きだ。


「読み書きはまだ無理ですけど、人や物の名前とか、簡単な言葉を今教えているんです。………全然、発音出来ていないですけどね。でも、自分の名前はもうすぐ言えそうな感じなんですよ」

そう言ってライは寝ぼけ眼のサナを手慣れた様子で横抱きし、本の少し厚みがある布を敷いただけの簡素な寝台にそっと寝かせた。
無我夢中でガリガリチュパチュパとユアンの指をかじっていたティーも、サナが寝かせられていることに気が付くとパッとそちらへ身を翻していった。

唾液まみれの歯形を残したまま、子猫は掛け布代わりのマントに潜り込み、サナに寄り添う様に懐に入り込んでいった。

…噛まれた人差し指は地味に…否、だいぶ痛い気がするが、ユアンは黙々と自前の救急箱で応急処置に入ることにした。

「話せるようになるのは良いですねー。コミュニケーションは大事です。………しかし、本当に重度の記憶喪失っ振りですね………ショックで声が出ない、上手く話せないというのは聞いたことがありますが…」

言葉の意味も、分別も…何もかも真っ白な状態から。
今後、何かのきっかけで彼女は彼女の事を少しずつ思い出していくとは思うが………何というか。


(………これでは思い出しているというよりも…覚えている…みたいだ…)


マントの下で背を丸めた胎児の様に眠りにつくサナを横目で眺めながら、ユアンは首を傾げた。