亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~











遅い。帰ってこない。


既に夕暮れ時を迎え、後は昼間とは真逆の肌寒い夜の到来を待つばかりだという頃だが、容赦無い日光がまだまだ照りつけている。
暑苦しい赤い砂の海に通じる、とある穴の底から空を眺めながら……その少女は独り静かに眉をひそめた。

少女と言っても、見た目十代後半くらいの容姿である。

しんと静まり返った暗がりの底から地上を見上げる少女の瞳は、光を浴びて綺麗な紫色を帯びている。
長い睫毛に縁取られたそれは、少女の美しく飾るのに充分なものだったが、いかんせん………非常に勿体ないことに、目つきが悪い。
肌はバリアンの国民の特徴である赤褐色とは大違いの、日焼けなどしたことが無いといわんばかりの白である。少々青みがさして不健康そうに見えてしまうのがまた残念な点でもある。

日光を眩しく反射する短い銀髪の先を指先で弄りながら、少女は頭上に空いている穴を見上げるのを止め、踵を返した。
そしてそのまま、少々空気の悪い薄暗い穴蔵の奥へと引っ込んだ。



広大な砂漠には、至る所に渦を巻く危険な蟻地獄が点在する。
足を取られてしまえば最後、そのまま砂中に引きずり込まれてしまうため、蟻地獄のある場所には誰も近付かないのだが。
…少女のいる穴蔵は、そのいくつもある蟻地獄の一つの真下にあたる。
正確に言えば、蟻地獄に似せた地下空間だ。外からはただの砂の渦にしか見えないのだが、落ちてみれば一変、予想以上に広い真っ暗な空間が広がっている。

国家やバリアン兵士はおろか、限られた者しか知らないそこは、秘密の場所だ。

秘密の、極秘の居場所。


凹凸の激しい通路を通り、小さな焚火の明かりが漏れるこじんまりとした空間に入ると、少女は炎の前で腰を下ろしている秘密の場所の主に口を開いた。





「―――オルディオ、ライがまだ帰って来ない…」


オルディオ、と。

反国家組織の最重要人物である男の名を呼ばれた、そのしわだらけの老人は…ゆっくりと、瞼を開いた。