亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~


…あれが、大人達が言うイチャイチャというものだろうか。一回だけだけど、唇をくっつけていたし。
でも先生、なんで痛そうに口を押さえているんだろう。イチャイチャって痛いのかな。…それ……嫌だな。







的外れな想像をしつつ、フォトは空気を読んでその場から退散しようと何事も無かったかの様に止めていた足を動かした。
二つのシルエットが佇む大通りの端から端へ。好奇心に駆られて未だにユアン達を観察しながら、フォトは足早に通り過ぎていく。

店の明かりを背景に浮かぶ二つの影は、まだ談笑している様だった。
光源の前だからか、暗闇の中でも二人のいる辺りだけは比較的明るく、昼間の路地裏と変わらぬ薄暗さを保っている。



その景色に、フォトはなんだか見覚えがある様な気がした。
見覚え……?……いや、何処かで見た風景と似ているだけだ。

……何だっけ?



子供の柔らかい頭が、散り散りになっていた記憶の断片を繋ぎ合わせていく。思い出すのに、あまり時間は掛からなかった。

ぼんやりと思い出した記憶は、まだ新しい。これは…。



(………あ、そうか…さっきライの兄ちゃんと話していた………………見付かった商人の死体……あの商人と誰かが話していたのを、見た時の…景色に…なんか……似てる)







死んだ商人が、死ぬ直前に誰と話していたのか。
さっきライと話していた時は上手く思い出せなかったのだが……今、思い出せるかもしれない。








目の前の風景と、あの時一瞬目にした風景が……ぼんやりと重なる。
いつの間にやらフォトの足は無意識で止まり、路地の手前でユアン達を凝視していた。




…あの暑い昼間の、薄暗い路地裏の………二人の人間が佇む風景。
思い出してきた記憶の中の景色は無音で、しかし鮮明だった。







(あの時、死んだ商人は…あの娼婦みたいにこっちを向いていて………………商人と話していた奴は、あの先生みたいにおいらに背を向けて…いて………)