「生憎、医者は暇無しなのでねー。多忙な宿命には逆らえないんですよ」
そう言いながら身体を這っていた彼女の手をやんわりと叩き落とし、その柔肌から一歩距離を取る。あっさりと拒まれた女将はというと嫌な表情一つ浮かべず、半分呆れ顔の笑みを見せて肩を竦めた。
「相変わらずこの優男はつれないねぇ。たまには良いじゃないかい…それに、あんたの事だ…暇無しと言うより、単純に無駄金を使いたく無いんだろう?」
「…おや、分かります?」
「毛色は違うけど、あんたもあたしも商売人だ。………殊更、金の亡者の頭ん中くらいお見通しだってんだよ」
「ハハッ、ろくでもない性根っていうのは見やすい様に透けているんですかね、参りましたよ」
そう言って脳天気に笑いながら、いつの間にか懐に忍び込もうとしていた女将の手を今度は手厳しく払い落とした。
…女将は商人と雖も、一人の女である。存外な扱われ方が不服だったのか…別に金は取らないよ、と不貞腐れた女将は踵を浮かせ、悔しそうにユアンの唇に噛み付いてやった。
楽しそうに世間話に花を咲かせる二つのシルエットを、目撃するつもりは一切無かったのだが偶然にもフォトは目撃していた。
つい先程、路地の辺りでライと別れたばかりだったが、所持していた水が底を尽きそうだと分かり、街を出る前に補充しておこうと引き返したところだった。
闇が濃くなるにつれ、比例して人気も無くなっていく中、ポツポツと明かりを灯しているのは宿屋や娼婦館の類ばかり。
一際大きな娼婦館を傍目にしつつ、路地裏に歩こうとしたのだが、そこでさっきまで一緒だったユアンを見つけたのだ。
綺麗な女性と二人……あれはきっと娼婦なのだろう。
金にがめついが、仕事には真面目そうな人の良い笑顔のユアンも、やはり女性が好きな普通の男性なんだなぁ…と、その後ろ姿をぼんやり見詰めながらフォトは思う。
しかし…なんだか子供が見てはいけない現場を見てしまったような、抱かなくてもいい後ろめたさを子供ながらに覚えた。


