「あら、何処の大荷物抱えた旅芸人かと思ったら、愛しの先生じゃないか」
開け放たれた娼婦館から猫なで声で近寄ってきたのは、古着ではあるがそれなりに華美で露出度の高い衣服を着た女だった。
気の強そうな猫目は妖しく細められ、ユアンを映す瞳は肉食獣の様にギラリと光っている。
男が狼ならば、女は豹だろうか。このしなやかで豊満な身体のラインがどれほどの獲物を狩ってきたのだろう…とユアンは他人事の様に考える。
「この御時世で旅芸人とはこれまた愉快な。女将、お久しぶりですね。商売繁盛していますか?」
「ぼちぼちってところだけれども…近頃は御国の犬どもが警備だとか何だとか抜かして、勝手に店に出入りするからね…お楽しみ中の客室にも問答無用さ。デリカシーの欠片も無い連中で困ったよ」
「そんなの今更じゃないですか」
この街で一番客の出入りが多い娼婦館を切り盛りしている女将は、艶のある唇で上品な笑みを浮かべる。
互いに顔見知り故に、女将は営業トークなどそっちのけで世間話に花を咲かせるが、そこは商売人。ペラペラと動く口とは裏腹に、女将の華奢な手はユアンの手に指を絡めてきた。
「それで?…先生はいつもの仕事帰りかい?医者様ってものは需要が尽きないから本当に大変だねぇ……どうだい?一晩くらいウチで休んでいかないかい?」
愛しの先生だからお安くしとくよ、と耳打ちする一方で、女の手は止まらない。絡ませていた指を解いてそのまま腰のベルトを掴んだかと思うと、おもむろに指先で腿をなぞってきた。
目下の胸板に上目遣いでさり気なくすり寄る雌豹の眼光は、やけに妙な熱が宿っていて、この女将の娼婦館の人気の理由がよく分かったような気がした。
脳天に響く甘い声と、瞳に映る妖艶な花、蔦のように絡み付く指の刺激に、たいていの男はそこで落ち、店にお持ち帰りされてしまうことだろう。
女は綺麗だし、落ち着くし、とても良いものだけれど………知れば知るほど怖いものだと分かってしまうよね、とやはり他人事の様に考えながら、ユアンは女将の誘惑を笑顔で避けた。


