亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~





所構わず、誰それ構わず、とにかく破壊衝動にでも駆られた様に暴挙に走るのがバリアン兵士のいるいつもの光景。
このなんとも迷惑極まりない人達が、平和的に事を終わらせるだなんて奇跡はこの限られた一生の中で見ることは無いだろう、有り得ないだろう…と店主は常々思っていたのだが。


奇跡の訪れは唐突なのだと確信した。



たまにやってくるそれなりに常連の金にがめつい放浪医者と、突然乱入してきた血気盛んなバリアン兵士の両者は、つい先ほどまで激しい口論を繰り広げていた。

口論…と言っても、バリアン兵士が一方的に怒鳴り散らしているだけで、対する放浪医者はその隻眼でせせら笑っていただけだ。
のらりくらりとかわす放浪医者の態度は単純な彼等を苛立たせるには充分で、兵士のこめかみに恐ろしい青筋が浮かぶのも遅くはなかった。

激しくなる一方の口論を傍目に、本能的に身の危険を感じ始めた店内の客人らはそっとテーブルを遠ざけたり、そっと金を払って早々に出て行ったり…各々で危機回避を行っていた。


今は騒音だけのこの口論が、いつ血腥い方向に展開してしまうのかとハラハラしていたが、転換期は「貴方と会話するだけ時間と労力と人生の無駄です。とにかくそこを退いて僕を帰しなさいな」という放浪医者の一言で、突然訪れた。




…ブチッ、という嫌な音を、店主の鼓膜は捉えてしまった。

堪忍袋の緒が切れる音というのはまさしくこれか。しかし堪忍袋ってどの辺りにあるのだろう…などと、現実逃避をするためにガチャガチャと忙しく皿洗いをしながら想像に耽る店主。



「この野郎!」、と視界の隅に一歩踏み出した兵士の姿が見えた途端、襲い来る恐怖の一時に思わず身構えたのだが………いくら待っても、悲鳴は疎か、刃の振りかざす音さえも無い。

それどころか次に聞こえてきたのは。
















「…止めとけ!こいつに関わるだけ無駄だ!」

「頭を冷やせ!」









…なんという事だろう。あのバリアン兵士が、仲間内で喧嘩を止めているではないか。