亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~

フォトは年端も行かぬ子供だが、母親と同様に仕事のこなし方が上手い。
親としては我が子の優秀さを誇るべきであるが…正直な話、内心では息子にこの危険な仕事を辞めてほしくて仕方ない筈だ。

彼女にとってフォトは唯一の肉親であり、一人息子であり、最上の宝物なのだから。



昼間とは打って変わって人通りの少ない夕闇最中、外に出てみれば騒々しい店内の様子を見ようとする野次馬がちらほらと見受けられた。
矢継ぎ早に上がる怒声の主がバリアン兵士である事など承知の上で観察するのは、単なる怖いもの見たさなのか。
何はともあれ、人の群をそろそろとかい潜り、野次馬の波からようやく抜け出したところで、ライはフォトに別れを告げた。

「今日はとにかく、真っ直ぐ帰るように。今夜も、商人の行列に混じって街を発つのかい?………それとも、近くまで送ろうか?通行料払わなくて済むけど」


…三槍に属する者であるが故に、何処に行くにも忍び込まなければならないのは、分かる。
だが、こうもさらりと極自然に違法行為を勧めてくるライの言葉に、フォトは内心で…うわぁ、と引いていた。

「…んー…遠慮しておくよ。あの先生も一緒だし、おいらの街は逆方向じゃないか。ライの兄ちゃん達の帰りの方が遅くなっちまうよ。それに、兄ちゃんも恋人さんと早く帰りたいだろう?」

「そうか、フォトがそう言うなら仕方無………………全然仕方無くない、ちょっと今、聞き捨てならない単語が聞こえた!混ざってた!」

「“恋人さん”?」

…ニヤニヤと笑いながら問題単語を抜粋するフォトに、ライは一瞬声を詰まらせた。
悪戯次いでにちょっと鎌をかけられたらしい。
……子供はなんて、恐ろしい生き物なんだろう。子供怖い。



今の今まで真剣な表情を浮かべていたライの顔が、途端に一気に青ざめたかと思えばサッと赤味がさしたのを見て、フォトは「あれ?」と訝しげに首を傾げた。