店内の空気がよりいっそう張り詰め、いよいよ息苦しくなっていくのを背後に感じつつ、ライ達は裏口になんとか回り込んだ。
血気盛んな兵士の怒鳴り声がビリビリと反響する。
同時に彼らの拳が椅子やテーブルを破壊する様な騒音が続くが、「退いて下さい」や「時間の無駄」などと言うユアンの淡々とした受け答えに、ずっと耳を澄ませていたフォトは呆れかえっていた。
「……あのユアン先生っていうお医者様、有名な人なの?…肝が据わっているね………バリアン兵士に喧嘩売るなんて…」
「………いや、あれ、素だから。喧嘩売っているつもりなんてさらさら無くて、本当に外に出たくて声を掛けただけだと思うよ。…どんなに強面で凄んでもあの人から言わせれば…身体を大きく見せて自分の力をアピールする獣的本能の名残がそこにはある…だとか何とか、難しい事を言っていたよ」
「それってどういう意味?」
「限りなく楽勝ってこと」
なるほど、と頷くフォトを傍目に、ライは音を立てずに開けた裏口の戸の隙間に身体を滑り込ませた。段差に突っかかって転びそうになるサナを慣れた動きで受け止め、このカオスな店からそそくさと離れる。
その直後、店内から耳をつんざく様な騒音が鳴り響いたが、我関せずと先を急いだ。
待ち合わせは街の外だ。喧嘩腰のバリアン兵士が店を半壊させないか些か心配だが、その辺はユアンだからという根拠の無い自信で忘れることとする。
「それじゃあフォト、僕等はもう戻るけど…さっき言った通り、もう危ない事には手を出さない様に。…近い内にそっちにも行く。君のお母さんにも僕から話をするから…」
元々、三槍の役に立ちたいと言ってきたのはフォトの母親の方だ。
素人ながらに始めた情報屋の真似事は案外細かい情報網で、それでいて足の着きにくい不透明さがあった。
これまでにもライが双方の仲介役となり、こちらの期待以上に様々な情報を入手してくれていたが、自分も役に立ちたいと走り出した息子のフォトの参入には、さすがの母親も心配そうな表情を浮かべて見送っていたのをライは知っている。


