亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~


鼓膜を叩いた低いユアンのトーンは、いつもの優しい彼のそれではなく、思わず肩を窄めてしまうくらいに真剣そのものの声だった。
至近距離で少年を射抜く薄い赤を帯びた隻眼、そして隠れて見えない筈の眼帯の下からも、重々しい視線を間近に感じた。

フォトがユアンという青年と知り合ったのは、今日が初めてだが。
…今の彼は、最初の印象とは随分と違う気がした。

蛇に睨まれた蛙の如く、フォトはゴクリと唾を飲み込んで硬直する。
目を逸らすことさえも出来ず、ただただ恐々と両の拳を握り締めていた。

「………ユアン先生…フォトが怖がっています」

…いつもの天真爛漫な少年の姿は何処へやら。
ユアンの威圧感にすっかり縮み上がってしまっているフォトを哀れに思い、ライは同じ様に囁き声で両者に割って入った。
確かに…何度忠告しても聞かない一端の情報屋気取りでいる少年には、これくらい強く言い聞かせた方がいいのだろうが……しかし、ユアンの忠告は些か威圧的過ぎる気がした。

見よ、少年はいつの間にやら顔面蒼白で小刻みに震えているではないか。

ライの一言が救いとなったのか、ユアンはパッと顔を背け、いつもの柔らかい微笑を浮かべた。途端、その場の空気も一気に軽くなる。

「………本当のことを言ったまでですよ。僕も含めて周りは…それくらい君を心配しているというのを分かっていて欲しいだけです」


そう言ってユアンはニコニコとしながら、すっかり小さくなってしまったフォトを撫でた。
軽く涙目のフォトに苦笑を浮かべつつ、ライは窓の外へと目を向ける。


地平線から覗いていた茜色の夕日は、あと少しでそのなりを潜めるところだった。
フォトは、今日はこの街に泊まるらしいから夜道を歩く危険は少ないが、こちらはサナを同伴している。明るい内に帰路につくべきだろう。


「…フォト、先生も言ったとおり、ここらで手を引いた方がいい。一度お母さんと相談しなよ。…それと、前に君が言っていた……バリアン兵の警備の数とか時間の話だけど…やっぱり、僕達三槍はそんな調査依頼を君達親子にはしていないよ。………何処の誰に依頼されたのか知らないけど………僕等以外の赤の他人であることには違いない」