亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~



普段怒らない人が怒ると怖いとは聞くが、こんなにも恐ろしいものなの?この人が抜きん出て怖いだけなんじゃないの?

仕舞いには涙をいっぱい溜めてガタガタと震えだしたフォト。
そういえばサナは…!、というと…この状況下でテーブルに突っ伏して寝ているではないか。あのタフな精神は、絶対記憶喪失だからだとか関係ない。

サナは問題ないとして…ああ、罪の無い善なる子にトラウマになってもおかしくないものを植え付けてしまったのかもしれない。

内心で合掌しつつ、ライはどうにかこの場の淀んだ空気を少しでも払えないものかと勇気を振り絞って口を開いた。



「……そ、れは…あの……災難でしたね、先生。と言うか、バリアン兵士相手によくご無事で…。絡まれて無傷な人はそうそういませんよ。………でも、国境だなんて何故そんな場所に先生が…?」

彼の静かな逆鱗に触れぬ様、慎重に低姿勢でそれとなく会話を繋げる。
ユアンは相変わらず笑顔で不機嫌だったが、突き立てていたフォークを皿から抜き取り、頬杖を突いて憤怒を含んだ深い息を吐き出した。

何となくだが、彼の苛立ったオーラが消えた気がする。変わっていない点といえば、まだティーが指に噛み付いてぶら下がっている事だろうか。


「…何故?何故ってそれは、国境を越えるつもりだったからに決まっているじゃありませんか。デイファレトには、あそこにしかない貴重な薬草がたくさんありますからね。馬鹿みたいな大金払って買うより、自分で摘みにいけばタダですしねー」

タダという理由のみで単身で国を行ったり来たりしているというユアンに、ライは呆れを覚える一方、異国という外の世界を知らないフォトの好奇心が疼いたらしい。
零れ落ちそうだった涙を引っ込めると、首を傾げて口を開いた。



「…でも確か、デイファレトには狩人とかいう連中がいて、とにかく余所者と見れば直ぐに襲いかかってくるから危ないって…おいら聞いたことがあるけど」


大丈夫なの?…と不思議そうに尋ねる少年に、ユアンは全く問題無いとでも言うかの様に肩を竦めて見せた。