香ばしさが残る肉の匂いにピクリと反応したティーは、甘えた鳴き声を上げてテーブルに飛び上がると、ユアンの差し出した肉にあーんと口を開け………なんだか少し前にも見たような光景だが、彼の人差し指ごとガブリとかじりついた。
瞬間、指先に電流の如くビリリと走った痛みにビクリと身体を震わせたユアンだが、浮かべた微笑は歪む気配がない。
押しても引いても上げても下げてもかじりついたまま離れないティー。
ちょっとだけ痛々しくじゃれあう子猫とユアンを、テーブルを囲む一同は特に止めようともせずぼんやりと眺めていた。
ティーは先生の指が好きなんだな、なんてどうでもいい感想をライは抱く。
抱くだけ抱いて、誰も何もしない。
「…警備が厳重になっていた事は薄々気付いていましたけど、まさか国境沿いまで…。それにしても先生、よくそんな事御存知ですね。どうやって調べて…」
―――ガツンッ!
…途端、ぶつかり合う金属音に似た音が一同の囲むテーブルを中心に響き渡った。
「………」
「………」
不意を突いた衝撃音はあまりにも突然で、店内の客達の視線を集めるには充分な大きさであった。びくりと震えると同時に、反射的に耳を塞いだライとフォトは…恐る恐る、たった今突飛な奇行を披露して見せた、目の前のユアンに視線を注ぐ。
冷えてこびり付いた肉汁のみが残る皿の真ん中に、小刻みに震えるフォークが一本。
思い切り突き立てられた皿は、哀れにも小さなひびが刻まれていた。
鋭いフォークの先端がグリグリと皿のひびに食い込んでいく様は妙に恐ろしく、その一カ所だけから殺意やら憎悪やら、とにかく良い子には見せられない負のオーラが立ちこめている。
…だが、当のユアンはその容姿端麗さを十二分に発揮する様な、とても良い笑顔を浮かべていた。
ああ、しかしながら眼帯をしていない右目は、笑っていない。
「その噂のバリアン兵士に国境辺りで盛大に追い返されるという…腹が煮えくり返りそうな体験をしたからです。僕が」
「………」
「………」


