亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~


「ライ君。その、先生は付けなくてもいいと言っているじゃないですかー。僕は確かに医者ではありますが、先生と呼んでいただくほど良い人ではないのですから」

「そうですね。金の亡者でしたね」

「そうそう、それでよろしい。……とまあ、戯言は置いといて、です。……そこの未来有望な若き情報屋の端くれに忠告しますが…子供一人で夜の出歩きは控えなさい。最近の深夜徘徊は危ないったらありゃしませんからねー」

そう言ってユアンは、冷めて固くなった肉の端っこに勢いよく愛用のフォークをぶっ刺した。そのまま口に含んだ彼の顔が、微かに歪む。
彼の舌は、この冷めた肉がお気に召さなかったようだ。

寝起き早々の人間に出鼻を挫かれたフォトは、人の目を気にしながら控え目にテーブルに身を乗り出す。
不味そうに肉を口に運んでは飲み込んでいくユアンに、フォトは小声で囁いた。


「…な、何でだよ先生!おいら、へまなんかしないよ。そりゃあ確かに夜は危ないさ。でも、おいらは独自のルートを使って上手く隠れているから、移動も大丈夫だよ」

「だからこそじゃないですか。如何なる事も、そういう慣れと過信が油断を生むというのを、僕とこのライ君は経験上知っています。だが、君はまだ年端も行かない子供だ。それに………近頃はバリアン兵士の警備がやけに厳重になっています。…何処ぞの誰かさんが大胆にも、敵の資料庫に忍び込んで荒らしたらしいとかなんとか…風の噂で聞きましたしねー。まぁ、それのせいもあるかもしれませんがねー…」

「………ああ…あはは」

フォークを噛みながら意味深な意地悪い笑みを一瞬向けてくるユアンに、ライは乾いた笑い声と共に苦笑を浮かべた。

どうやら、このお医者様には何でもお見通しの様だ。


「警備網は郊外の街や国境沿いに至るまで広範囲の様ですし、今まで通り迂闊に出歩くのは危険ですねー」

他人事の様に言いながら、ユアンは皿の上の肉の切れ端を摘むと、サナの膝元で丸くなっていたティーにあげようと手を伸ばした。