亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~

それは一見、ただの大きな突風にしか見えない。…だが、よくよく目を凝らせば、風の中に溶け込む幾つもの影の群れを見付ける事が出来る。

赤い突風に紛れて砂漠を疾走していく大群を離れから眺めながら、ライは静かに呟いた。



「―――……“砂喰い”だ…」

赤い砂埃の中にぼんやりと浮かぶ、人型の蜃気楼。
この砂漠ではよく目にする自然が作り出した幻覚の様にしか見えないのだが……その実態は、砂漠に巣食う獰猛な魔物だ。

―――“砂喰い”と称されるその魔物は、砂埃の様な、煙の様な…とにかく実体の無い奇妙な生き物で、常にボロ衣を纏ってフワフワと浮遊している。
ボロ衣の内にはぼんやりと光る黄色い目玉が一つ、そして鋭利な爪が隠れている。

…一見、その姿は風にあおられて舞い上がった布か何かに見えるのだが、油断することなかれ。それはこの砂喰いの罠である。
腐っていようが虫がたかっていようが、とにかく肉であれば何の肉でも構わないという生粋の肉食の彼らは、相手の大きさや凶暴さなど構わず獲物とみなした生き物に群れで襲いかかる。自分達よりも大きなバジリスクにさえ、砂喰いは食欲の目を向ける。

実体の無い彼らに、足が速いと言う表現は適切ではないが…とにかく動きが早いため、一度ターゲットにされると逃げるのは困難極まりない。
特に砂漠で生き倒れになった人間や獣は恰好の獲物で、翌日には骨だけになっているのがここでは当たり前だ。

国土の半分以上を占めている砂漠。
特に中央に位置するこのエデ砂漠を越えるに当たって、注意しなければならないのが砂嵐と、バジリスクと、そして砂喰いの存在なのだ。


……襲われれば、一溜まりも無い。
爪で裂かれ、食いちぎられ、丹念に骨をしゃぶられる。
食に関しては貪欲な、ある意味この砂漠で一番危険な魔獣だ。





その恐ろしい砂喰いの群れが、ライの視界の端から端へ…もの凄い速さで砂埃を巻き上げながら数メートル先を横断していく。

…おかしい。


(………気付かれていないのか?)