亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~


「あうーわ」

「…ん?どうしたんだいサナ?まだ種をしゃぶっていたの?それは食べれないから、ぺッしなさい。ペッ…………うわっ、噛み砕いてる…」


不意に声を漏らしたサナに振り返り、まだモゴモゴと口を動かしていた彼女の口内を覗けば……そこには既に半分粉砕していた種の姿が。
この果実の種は岩で打ち付けないと砕けないというのに、この少女の顎はその線の細さとは裏腹にどれだけ頑丈なのだろうか。

呆気に取られる二人の前で、再びガリガリと残りの種を穏やかに噛み砕いていくサナ。傍から見れば、可愛らしく飴でもしゃぶっているかの様だ。その無骨な音を除けば。


「……兄ちゃん、このお姉さん、どうかしたの?…上手く喋れないの?」

食べている間、始終訳の分からない声を漏らしていたサナが気がかりであったのだろう。心配そうに眺めているフォトに、ライは頭を振った。

「いや、何ていうか……別に病気とかじゃないんだ。サナは最初からこうだったと言うか…記憶喪失で。そう、初めて会った時から………」







―――初めて会った時…?





………と、ライの表情が突如ハッとした様に固まった。
隣でフォトが自分を呼んでいるが、ライの耳にはその声も、サナが噛み砕く凶暴な音も届かなかった。





…ああ、そうだ。

サナと初めて会った時……サナは…。











(………バリアン兵士の馬車で、やけに厳重に運ばれていた。フォトの話であった様に………………サナは………誘拐騒動の、被害者の一人…?)



サナという少女がどうして、どういった経緯でバリアン兵の馬車で運ばれていたのか今まで謎だったが、この無差別の誘拐騒動に巻き込まれた一人であると考えれば、合点がいく。
もしそうだとすればサナは単なる被害者であり、密偵疑惑も晴れる。彼女の疑いが晴れると喜ぶ反面、もしあの時…砂喰いが馬車を襲わず、ライも気付いていなければ…この誘拐事件の末路同様に、サナは砂漠の片隅で殺されていたのかもしれない。そう考えると、この偶然に感謝すべきなのだろうか。