亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~

ユアンという人物は本来三槍の人間でもないし、バリアン国家側の人間でもない。何処にも属さない自由な人だ。長年オルディオの専門医師を務めてくれている様に、ライの知らぬ所で重要な人物と接点があったり、もしくはそういった情報を知っているやもしれないが、漏洩する様な真似はしない、信頼出来るお医者様だ。

隠れ家でも居合わせていれば白槍達の話を…多分聞いていないし興味も無いだろうが、さり気無く輪に入ってぼんやりと聞いていたりもする。今ここで仕事の話をするにあたっても、彼に言わせれば今更な訳だ。

それにユアンという男は、興味の無い話には本当に興味が無い。彼が目を輝かせる話題といえば、物珍しいお宝や薬草、変な人間、あとは言わずもがな…金くらいだ。


「気にしないでいいよ。あ、こっちの子はサナっていうんだけど、彼女は大丈夫だから。向かいで寝ている人はユアン先生っていう良いお医者さんで、とにかく大丈夫」

「……へえ…お医者様なんだ。……お医者様って、自分の匙を持ち歩いているんだね。あのフォーク見てよ、凄い使いこまれている感じ。物を大切にするんだなー」

「………いや、多分自前のフォークを持ち歩いているのはこの人だけだと思うよ………変な所で、ちょっと変な人なんだ…」

少年の興味は、その固く握り締められているフォークに注がれたらしい。天に向かってきらりと光る三本脚のそれは、さんざん噛んだり打ち付けたりしたのだろう……だいぶボロボロだ。
食事の際、彼は必ず懐から愛用のこのフォークを取り出す。
その重宝振りは凄まじく、食事時以外でもまるで煙草でも吸っているかの様に平然と咥えていたりするのだから、最初目にした時は我が目を疑ったものだ。
……あのフォーク一本を、どれだけ愛しく思っているのだろうか。


ハムスターの様に果実の種をもぐもぐと頬張るサナと、飯の前で熟睡しているユアンからようやく警戒を解いたのが分かると、気を取り直してフォトに話の続きを促した。




「………それで、さっき言ったのはどういう意味なんだ?…その……………バリアン兵が、一般人を誘拐しているっていうのは…」