暑さを和らげる夜気と静けさ、そして不穏そのものを抱えた夜の訪れを控えている客人達は、蝕まれていく茜色の夕日を眺めてぼんやりとしている者が多く、他人の話し声などどこ吹く風といった様子だ。
内緒話をしている訳でもないのに、ひそひそと至る所で囁かれる店内の会話の中、隅にある丸テーブルを囲んだ彼等の交わす声も何ら違和感なく混じっていた。
その中で、一瞬息をのむ様な声が空気を震わせる。
「………バリアン兵が……何、だって?」
「ライの兄ちゃんっ…ちょっと声が大きいよ…!」
「…あ、ごめん。……それはいいとして…フォト……今のもう一回言ってくれないかな…」
つい大きな声を出してしまった事にハッと我に返ると、ばつが悪そうにライは声を潜めた。
周囲をチラチラと見渡しながら隣で肩をすぼめているフォトはライに顔をしかめ、そして少し落ち着きが無さそうに囁いてきた。
「………続きを言う前に…兄ちゃん、あのさぁ…」
「何だい?」
「………あの……この人達の前で話しても大丈夫なの?」
「…え?ああ…」
そう言うのも無理は無い。不安そうに再度辺りを見回すフォトの視線の先には……ライの隣でシャクシャクと果実にかじりついているサナの姿。
そして彼等を挟んだテーブルの向かい側には、すっかり冷めた肉料理を目の前に突っ伏して熟睡している人物が一人。
穏やかな寝息を漏らしながらそれでも尚、フォークを固く握り締めているのは、馴染みの放浪医者であるユアン先生だ。
この二人とフォトは、今まで面識が無い。
故に警戒するのは当然のことであり、彼等と共に仕事の会話を交わしていいものなのかと困惑していた。
サナに関しては、とにかく大丈夫だとフォトに言い聞かせる。今は初めて口にする果実に無我夢中の様であるし、そもそも会話自体を理解できないだろう。
ユアンは……腹を満たそうと既に来店していた彼に声を掛けられ、このテーブルに腰を下ろしたのだが……ご覧の通り、放浪医者故に疲労が溜まりに溜まっていたのだろうか。懐から自前のフォークを出すだけ出しておきながら、飯にありつく前に突っ伏して寝てしまった。


