亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~








酒屋と言う場所は、文字通り酒を嗜む大人達の通う店、酔う事を楽しむ一時の憩いの場である。

昼間の仕事を終えた後の、静かな夜。その日一日の締めとして仲間内で酒を組み合わす、もしくは独りご褒美と称して晩酌をする。

酒屋という場所は、そういった大人達の夜の溜まり場であることが多いのだが。





ここバリアンにある酒屋では、むしろ夜間よりも昼間の方が人の出入りが多い。
主な原因として上げるならば、それはこの国の治安の悪さだろう。

首都などの大きな街には、富裕層の人間や商人が数多く闊歩する一方で、浮浪者や物取り、賊の類いといった人間も紛れ込んでいる。
普段は日の当たらぬ路地の奥や影ある所に潜んでいるのだが、日が暮れればまるで夜行性であるかの様に闇夜を纏って堂々と街道に姿を現す。

彼等に運悪く遭遇すれば、まず良いことは無い。
故に、一般市民のほとんどは日が暮れる前に帰路につき、商人は店仕舞いをしてしまう。
夕焼け空が黒ずんだ頃には、昼間はあんなに人混みで賑わっていた道という道に、人っ子一人いなくなってしまうのだ。

夜に明かりを灯しているのは闇取引を目的とするあくどい商人か、もしくは怖いもの知らずの娼婦館くらいだろう。




バリアンの酒屋は、昼間に繁盛する。
ここも例外ではなく、日暮れ時に多くの客が帰って行くのと同時に店仕舞いを始める。

そのためだろうか、酒屋は確かに主に酒を提供するのだが、客層は大人に限らず未成年も平気で出入りしており、需要に応じて酒よりも料理の売上の方が良かったりする。



その日も一番暑い地獄の昼下がりを越し、あと半刻もすれば空が茜色を帯びてくる頃にまで時は過ぎていた。

土壁で出来た建物内は、あちこちに空いた吹き抜けの窓から差し込む日光だけが唯一の光源の様で、店内は全体的に薄暗く、ちらほらと客が帰り始めていた。


残っている客も、仲間内でも囁き声で雑談をするばかりで、しんと静かな店内の様子は、騒然としていた昼の込み合いがまるで嘘のように思えてくる。