亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~

痛みと恐怖、主による無体な仕打ちで震えたままなかなか起き上がらないログを、リイザはゴミか何かを見るような無機質な目で見下ろしていた。
だが、その視線さえも直ぐに逸らされる。握り直した短剣を片手でクルクル回しながら、リイザは冷笑を向けてきた。

その残酷で怪しげな笑みは、とてもじゃないが年相応の青年が浮かべるものではない。
不意に背筋を走る悪寒に、ウルガはゴクリと唾を飲み込んだ。


「…お前は前々から他人に甘いと思っていたが……どうやら違ったようだな。………人間以下の虫けらにも甘ったるい、お優しい男だったようだ」

「………」


黙りこくるウルガを見据えたまま、リイザは手遊びをしていた短剣をうずくまるログに向かって投げ捨てた。
鋭い短剣はログの顔横に落下し、大理石の肌に跳ね返されて軽く跳躍すると、そのまま柱の影に甲高い音を立てて転がった。


鈍い音色は短い余韻を残してすぐさま掻き消えたが、妙に耳に残る側近の笑い声だけは、謁見の間に響き渡り続けていた。何が面白いのか。ケインツェルは報告書も放り出して全身で笑っている。



この男の笑い声を除けば嫌な沈黙ばかりが漂っていたであろう中で、ばつが悪そうに俯くウルガにも、とうとうしゃくり声を漏らし始めたログにも興味が失せたのか…不意にリイザは謁見の間の扉に向かって歩を進めた。

主が退室すると分かるや否や、ハッとした様にログは起き上がり、身の丈を超える自分の杖を抱えて健気にもリイザの背中を追った。
いつもの様に小走りで追いかけてくるログには目もくれず、リイザは退室する直前に背後のケインツェルに向かって口を開いた。








「―――ケインツェル、文を書く。馬鹿げた協定とやらの返事を出す」










なかなか重大な去り際の台詞に、ウルガは眉を潜めて去り行く主の背中を見詰めた。

威風堂々と、恐れるものなど何も無いとでも言うかの様な後ろ姿からは…やはり、主の考えなど読めなかった。




残されたウルガは、更に一オクターブ上がった側近の笑い声に盛大な舌打ちをするのみだった。