亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~



主の気を害するつもりなど、滅相も無いと途切れ途切れな言葉で否定するウルガに……この若きバリアン王は何を思ったのか。

振りかざされた短剣を弾き返そうと、ウルガがダガーを振るった直後…突然、リイザは短剣を引っ込め…。





すぐ傍に佇んでいたログの襟首を掴んだかと思うと、そのまま力任せに引っ張ってウルガの前に突きつけたのだ。

「―――っ…!?」


自分の腹心である少女を盾にしたリイザは、掴んだ小さな身体の後ろで残酷な笑みを浮かべている。
戦闘に無理矢理引きずり込まれた当のログは、さすがの彼女もこの主の諸行には驚いたらしい。
驚愕のあまり大きく見開かれた瞳は、相も変わらず美しく、芸術品の様で………困惑と恐怖にまみれ、微かに涙の膜が張っていた。





「……チッ……!」

ログの細い首に吸い込まれる様に向かっていたダガーを、ウルガは腕を引いてとっさに軌道をずらした。
鋭い刃はログの鼻先を通り越し、彼女の緑の髪を数本ハラリと散らす。


ギリギリのところで回避し、なんとかログを傷つけずに済んだウルガの額に、ドッと冷や汗が滲み出た。
今ので軽く脱力したウルガは数歩後退し、主君だということも忘れて思わず浮かべたしかめっ面をリイザに向ける。

別の意味で疲労困憊なウルガの耳に、腹を抱えたケインツェルの馬鹿笑いが鳴り響いていた。


「………陛下……御戯れは、お止め下さい…」

こめかみを伝う珠の様な汗を拭いながら恐る恐る口を開けば、リイザは意地の悪い笑みを浮かべたまま…盾にしていたログを、無造作に床に放り投げた。


「………うっ…」

冷たい大理石に乱暴に投げ飛ばされたログは、強打した肩を押さえながら覚束無い動きで身体を起こす。
長い髪で俯いた彼女の表情は伺い知れ無かったが……床に突いた細い手は、哀れな程に小刻みに震えていた。

微かに聞こえる吐息も苦しそうで、今にも泣きそうな子供にしか見えない。

そんな彼女を見下ろすウルガは、人知れず奥歯を噛み締めた。