確かな殺気を先端に宿した刃の襲撃を前にしながらも、そのシルエットは避けようとも防ごうともせず、微動だにしなかった。
背後で起きようとしていた二次被害に、ウルガはしまったとばかりに思わず振り返ったが…彼の心配は杞憂に終わった。
カツン、と小気味よい音を立てて…刃は固い柱に突き刺さった。傍らに佇んでいた小さな人影の顔の横、すれすれの位置。
…あと数ミリずれていれば、その色白の柔らかな頬を裂いていたかもしれない。
だが、それでもその人影……始終同じ場所で突っ立っていた少女の姿の魔の者…ログは、瞬きも余所見もせずに主を見守っていた。
「…おや、ログ様。あまりにも存在感が無さすぎてそちらにいらっしゃったことに気付きませんでしたよ。大丈夫でしたかねぇ?」
「―――」
口も開かず動きもせず、人形の様に大人しく影で佇む少女に、ケインツェルは嘲笑とも取れる笑みを添えて皮肉めいた言葉を掛けてきた。
相変わらず癪に障る物言いだが、当のログはチラリとケインツェルを見やっただけで直ぐに視線を逸らした。
…分かってはいたが、何の反応も見せない彼女に、ケインツェルは至極残念そうに溜め息を吐く。
肌の色を除けばほとんどがエメラルド色に染まった容姿に、顔以外は漆黒の刺青で埋め尽くされた何とも珍しい魔の者という存在。
ヒシヒシと肌に感じる強力な魔力といい、ログの存在感は半端無いものの筈なのだが…どうしてここまで空気同然なのだろうか、とケインツェルは不思議に思う。
それが自分という異常者がいるせいであるなど、この男は気付いていないだろう。
危うく自分の付き人に鋭利な傷を付けるところだったのだが、リイザはログを一瞥しただけで声も掛けない。
それどころか、こちらに来いと言わんばかりに顎を引いて合図を出してきた。
隅で佇んでいたログは、主に命じられたことでようやくその場から動き出す。
目の前をゆっくり通り過ぎていく少女をニヤニヤと眺めながら、ケインツェルは羊皮紙の文面を読み上げた。


