神はこの世にいるのか、とその若者は問うた。




虫の息で絞り出されたその声に、もう僅かな命しか残っていない事が分かる。




若者の震える瞼は、もうじきあの真上の太陽の色から逃れる様に落ちてしまうというのに。

限られた時を使ってそんな事を尋ねてくるその若者が、愚かで、そして実に面白いと感想を抱いた。



その問いの答えが、はたして若者の冥土の土産に相応しいものとなりうるのかは、分からない。



若者の言う神というのものが、かの名高き創造神を示している訳ではない事は承知で。

若者の言う神の有無に、自分はその答えとしてまず首を左右に振った。



「―――いてもいなくとも、どちらでも良い。有る事で幸福ならば、有っても良い。逆に不幸ならば、無くとも良い」


「ならば私の答えは、神は無し、だ。神などいない。こんなにも荒んだ世に、神などいる筈がない。神無きこの世に、私はこうやって今殺されようとしているのだから」


「それはただの、貴殿の結果に過ぎぬ。貴殿の怨が、刃に変わった。貴殿の中の刃が、外に向けられた。刃は、多くの命を断った。これはその報いに過ぎない。貴殿は、人間のみが辿りつける最深の毒を吸い、死に至る病にかかっただけだ」


「ならばその病にかかった私に、この残酷な結果を避ける術があったのか」


「これが実に簡単な術だ。とり憑かれて自我を失うのが嫌ならば……そうなる前に、飛んでしまえばいい」


「それもまた、人間のみが辿りつける結果の一つか。なるほど、自分殺しの有効性を一つ知る事が出来た。だがしかし私にはもう、選ぶ時間が無い」




若者はとうとう、その血走った目を瞑った。赤い涙が、頬を伝っていく。
若者は最後に、やけに朗らかな声を深い吐息と共に吐き出した。





―――だが私は、飛べなかった。止めてくれる誰かを探していたのかもしれない。











息を引き取った若者から、オルディオは目を背けた。


それは珍しく風が無い日で、絨毯の様に敷き詰められた真っ赤な屍のあるその一帯は、濃い血の香りが籠もっているようだった。