亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~

何を話していたのかは謎だが、とにかくサナに危害が及ばなかっただけでも良しと思いたい。
とりあえず今はここから出て帰路につかなければ。慣れていても、あまり長居はしたくない場所だ。

「…サナ、帰ろう。ほら、ティーもおいで。ここはゴミだらけだから変なものを口にしたらお腹を壊すよ。…ほら、何をそんなに嗅ぎ回って…。………?」

サナの手を引き、未だに足元でクンクンと鼻をひくつかせるティーを見下ろしたライ。
この暗がりの中でも映える子猫の赤い身体を捉えた瞳は、すぐさまその傍らにゴミと共に横たわる大きなもの……否、死体を映し出した。

(………死体?…まだ新しい…)

よくよく目を凝らせば、なんともグロテスクであった屍に別段驚きもせず、ライは興味深げに死体の傍で膝を突いて見下ろした。集る耳障り、目障り極まりない蠅を軽く手で払いのける。

腐りかけで所々真っ白な骨が覗くそれは、状態が状態なだけに判別し辛いが…体格からして恐らく成人男性だろう。死後数日といったところか。

服装はそれなりに質の良いもので、そこらの乞食ではないことは確かだ。となると、行き倒れでは無い。他殺死体だろうか。


(…財布は…ある。……金目当てで襲われた訳じゃない…?…それじゃあただの怨恨…?)

身に付けた貴金属も財布もそのまま。この辺では珍しくない強盗殺人とは別物らしい。
ならば、怨恨故の殺人か、もしくは通り魔か。


何だろうこの死体は…と眉間にしわを寄せて考えるライの視線は、ゴミ山から突き出た屍の手に注がれた途端、ピタリと止まった。
黒ずんだ皮膚と奇妙に折れ曲がった指を凝視し、ライの眉間には更に深いしわが刻まれる。




注意深く観察しないと分からないが……手の甲には不可思議なマークの刺青が浮かんでいた。そして五本の指の腹は全て…火で炙ったかの様に焼けただれてしまっている。
それらの特徴に、ライは覚えがあった。この死体がどういった素性の者なのか、少し分かった気がする。






(………この人…情報屋だ)