ここにライがいれば、この老婆は重度の薬物中毒で関わらない方が賢明である…とすぐさま判断するだろうが、生憎彼は今ここにいない。
当然ながら人間の善し悪しなど分かる筈も無いサナは、この老婆を前にぼーっと首を傾げていた。
柳の様なしわだらけの手がスルリと肩から滑り落ち、そして無防備に垂れたサナの手首をゆっくりと掴む。
掠れに掠れた震える老婆の囁きは、この酷暑を別の意味で冷やすには充分な悪寒を孕んでいた。
「………何処ぉに行くんだい…?」
「―――?」
喉の奥から絞り出された言葉は怪しげな笑みを添えられていたが、対するサナは、本日何度目になるか分からないが再び首を傾げた。
黒真珠の如き酷く純粋なつぶらな瞳は、老婆の痙攣しっぱなしの手に興味が引かれている。
「……娘さん、綺ぃ麗な娘さん…この先は行ってはぁ、駄目だよ……鉄臭いからぁ…苦い臭いがするからぁねぇ…」
反応を見せないサナの様子を見てか、老婆は次第に手首を掴む手に力を入れ始めた。
ギリリと割れた老婆の爪が皮膚に食い込んでくると、さすがのサナも微かに声を漏らして反応らしい反応を見せる。
痛みから逃れようと老婆から一歩距離を置こうとしたが、絡まったその手は離れる気配がまるでない。離れるどころか、老婆はフードから覗く鉤鼻をズイと近付けてきた。
目と鼻の先に迫ってくる震えた老婆に、サナはやはり首を傾げる。
「……苦い臭いはぁ、近付かない方がいいよぉ……危ないからねぇ………………こっちぃおいでぇ…こっちぃ…」
不意に手を引かれたサナは、何の抵抗も無いまま、誘われるままに老婆の指差す方へのろのろと歩いていく。
老婆の指し示す方角は、元々入り組んだ小道からさらに深い脇道へと続いているようで、先に何があるのか分からない。
暗く細いその先にゆっくりと歩を進め、老婆諸共暗がりに姿を眩ます…かに思えた、その途端だった。
「ニャー」


