亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~





長い尾が付いた真っ赤な毛玉は、そこに道があればただひたすら突き進んでいく。
一度でも視界から外せばあっという間に見失ってしまうであろう子猫の後ろ姿を、一切の光を遮るサナの闇色の瞳は終始捉えていた。

「………にゃー…」

自分の数メートル先を歩きながらか細い鳴き声を上げるティーに、サナは何度も鳴き声を真似る。だが、ティーは応えてくれない。



何の前触れも無く膝の上から飛び下り、大勢の人が行き交う通りへ躊躇も無く駆け抜けていったティー。
足元など気にもしていない何十何百という歩く人間の足は、小さな子猫にとっては最悪な障害物であり、下手をすれば蹴られたり踏まれたりなどされ命を落としかねない。
出来る限り回り道をしてでも避けるべきその危険地帯に、ティーは大胆不敵にも単身で乗り込んだのだ。
誰もが、目も当てられぬ惨状が出来上がってしまうのではないかと思う中で…砂埃を巻き上げる障害物の海へと駆け抜けた赤い毛玉は、驚くほど機敏な動きで交差する人間の足の間を潜り抜けた。

ぼんやりと眺めていたサナの傍らから、目撃者らしい酔った男の歓喜に満ちた叫びが聞こえた気がした。
普段あまり反応らしい反応を見せないサナも、不意に手元から何処かへ行ってしまったティーの迷走には、さすがに瞬きくらいの反応は見せた。


僅か数秒の間。小さな相棒が消えていった大通りの先をじっと凝視したかと思うと…サナは音も無くその場で立ち上がった。
気配を消し去ったサナの動きに気付いていたのは、先程からうるさい歓声を上げる酔った客人のみ。ただし呂律の回っていない口はまともな言葉を紡げていない。

ティーを追いかけるべくふらふらと人込みに向かって歩き始めたサナは、覚束無い足取りであるにも関わらず…混雑する人々の間を縫う様に、それはもう見事な躱しっ振りで誰一人とぶつかることなくスイスイと通りを横断していった。

距離をとったオヤジの店から「酔拳!酔拳!」という興奮で裏返った雄叫びが上がったが、サナの耳には届かなかった。