亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~


以前から存在が疑われていた影に潜む者が、徐々にその痕跡を僅かながらも残し始めている。向こうはこちらを追い掛け、そう遠くない場所から常に見ているのだ。こちらも一旦足を止めてその背を追えば、いずれは対面することになるだろう。

そしてその対面は、穏やかなものではないことは確かだ。飛び回る虫は早めに叩き落とした方がいいが、慎重に進めていかねばならない。

そしていつ何処で接触があってもいい様に心身共々備えておかねば。

(………場合によっては…この怖いオヤジさんとも、さよならをしないとな…)

にやけ顔のオヤジなどそうそう見れるものではない。今の内に思う存分眼球に焼き付けておこうか…とも思ったが、意思に反してライの目はさっさとオヤジから視線を逸らしてしまった。
…いや、そんな必要無いし、本当は嫌だろ…という、本能のぼやきが脳裏を掠めた気がした。


苦笑いで会釈し、ライは帰路に就くべく踵を返した。
目線を足下に下ろし、ただ淡々とティーと戯れているサナを連れて帰…。





(―――……あ、れ?)





………帰ろうと、声を掛けようとしたライはその直後……中途半端に口を開けたまま、固まってしまった。


…店のテントが作る小さな日陰。そこにちょうどいいサイズで収まっている筈のサナが。







―――…サナが、いない。



…始終鳴いていたティーも、姿を消しているではないか。

意気揚々と構えていた言葉が、舌の上に上がる事も叶わずそっと喉の奥に引っ込む。
それと同時に、意識までもが一瞬すとんと何処かに落ちた様な気がした。



…ハッと我に返ることが出来たのは、店先で空のゴブレットの底を覗く泥酔状態の商人の声が現実に引き戻してくれたおかげだった。
呂律の回らない男の上機嫌な言葉が、ライの頭の中で何度も何度も反芻する。









「すげぇなぁ!さっきの見たかい?あの人込みの中を踏まれずに走り抜けていく猫の機敏さと言ったら!追いかけていった嬢ちゃんも凄かったな!危なっかしい動きのくせに一度もぶつからないで通りを横断しちまったぜ!あれが酔拳とかいうやつかねぇ!」