亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~

身の毛もよだつとはこの事だろうか、と大変失礼な感想を抱く商人は、一人の詩人と化してしまったオヤジを白い目で傍観し続ける。
心なしか…いや、もう心なしではなく確実に、花や点描の様な甘ったるい空気がオヤジを中心に漂い始めた時、店の裏手からこの話題の張本人が顔を出してきた。

「オヤジさん、今日の分は終わっ………ごほっ、げほっ…!……うわ、何ですかこの甘い匂い……香でも焚いてるんですか?凄い濃い匂い…」

雑用を終えたらしいライもオヤジがどっぷりと浸かるドリームワールドの空気…否、沼気にあてられたらしい。
異臭に気付くや否やほとんど反射的に口と鼻を袖で覆い、可能な限り姿勢を低くする緊急避難態勢に入るライ。
傍らで箱から口を離した少女が、不思議そうにライを見下ろしている。


警戒しながらキョロキョロと辺りを見回すライと問題の少女をしばし眺めると、馴染みの商人が意地悪い笑みを浮かべてライに声を掛けた。

「おい、ライの糞ガキ」

「糞ガキは余計だって言っているじゃないですか」

「その連れの娘はお前の女か?」

「おん………………え…?」



やけににやついた商人の言葉に、一瞬ぽかんとした表情で固まったライだが、その意味が分かるや否やその呆け顔はすぐさま真っ赤に変色した。
生真面目な若者をおちょくるのは実に楽しいものである。


「……ち、違います!」

「違うのか?じゃあそいつは何なのさ?」

「…その……預かっている子と言うか…」

ずばり問われたストレートな質問に、ライは赤から青へと顔色を変えて言いよどんだ。どうせろくな事など考えていないであろう周囲の好奇心に満ちた視線。注がれるそれらが一本、また一本と増えていくのを、ライはその身でひしひしと感じていた。


(………面倒な事になるだろうとは…思っていたけど…)

はっきりと答えられずに口篭もりながら、傍らに座りこむサナをちらりと一瞥した。彼女はと言えば、人の気も知らずに空き箱を頭に被ろうとしている。



事の発端は、我等が老長オルディオにある。