亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~

比較的涼しい日陰にすっぽりと収まっている小柄な少女。

まず目を引いたのは、腰の辺りまである長い黒髪とミルクの様な白い肌という見事なモノクロの容姿だ。そして対照的な色合いもそうだが、精巧に作られた人形の如き美しさも、少女に目がいく大きな要因の一つだろう。

少し垂れた大きな瞳は、引き込まれるような闇色を宿しており、最初にこの目と視線が重なった時は妙な震えが身体に走ったのを、オヤジはしっかりと覚えている。


自分とは明らかに次元の異なるこんな黒髪の美少女が、何故テントの隅っこで猫にただただ話しかけているのか。
少女自体が夢か幻ではないか…と、現実逃避に似た感覚が一瞬脳裏を過ぎるのだが、我に返れば何て事はない。
答えは至極単純で簡単なものだ。




ライの野郎が断り無しに勝手につれてきて、仕事の間だけだからと勝手に預けてきた。それだけだ。

簡単な話なのだが……その簡単な事実に、オヤジを始め馴染みの常連客の動揺っ振りは大きかった。

先程から意味の分からない声を漏らし続ける黒髪の少女に、当たり前だが周りから好奇の目が集中する。
ヒソヒソと小声で交わす外野の話題は、彼女の可憐さが漂う美貌についてもそうだが……やはり、ライが連れてきたという点で大いに盛り上がっていた。


酒を注文するのも忘れて、常連客の商人は唖然とした表情でオヤジに耳打ちする。





「………おいオヤジ…ここはいつから保育所になったんだ…?」

「…ふざけた事を抜かすんじゃねぇよお前………………今朝からだ……」

「………身寄りの無いライが……どうしてあんな小娘なんか連れてくるんだ…?」

「そんな事知るかよ。俺は金にならない情報には興味無えんだ。………………あいつが…裏で働いている今だけ預かってくれって、言うからよ……」


人の良い性格のライには、友人とまではいかないが知り合いも多い。
しかし、身寄りの無い孤児のライが人を連れてくるなど今まで無かった。