亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~

さあ…飛ぶぞ行くぞと身構え、今まさに風を切る凶器へと変貌しようとした植木鉢。
…だが、その役目はやはりただの園芸の道具に終わるらしい。



腕や肩に力を込めた………その、瞬間だった。

完全に無防備だったドールの耳元に、ぞわりと身体が泡立つ囁き声がそっと落ちてきたのは。








「―――青春しているのですかお嬢さん」

「………ひっ…!?」

突如耳元に訪れた不意打ちな声と、生暖かい吐息。
一瞬で背筋に寒気を感じたドールの身体は、ほとんど反射的にその場から素早く後退していた。
そんな天敵の気配を察した小動物の如き機敏な動きを見せるドールを、声の主は肩を震わせて面白そうにせせら笑っていた。

完全に気配を消してドールの真後ろを取ることが出来る人物など、この城にはレト以外に……一人しかいない。
口元に手を添えた貴婦人の様な笑い方で小癪な微笑を浮かべてくるその人物………ノアが、何も無い宙でフワフワと浮いていた。

「そーんなに驚く事は無いでしょうよドール。今の動き…まるで猫みたいでしたよ。笑えちゃう。滑稽。ああ…涙が出てきましたよほら」

「一々うるさいわね!………うわ…鳥肌が…」

至近距離で耳に吐息はドールの精神に相当な負のダメージを負わせたらしい。驚きと一種の不快感からバクバクと鳴り止まない胸を押さえつつ、ドールはまだ寒気の取れない身体をさすった。

いつの間にかいた、というのはノアに関して日常茶飯事な事だが、出来れば登場の仕方くらいは普通にしてほしい。