亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~



「……頭を捻っても策が思い付かない場合は………時に急がず、あえて何もしないで…時を流してみるのも策の一つだ…って、父さんは言ってた。………相手の出方を、じっと待ってみるんだ」

「………バリアンは、甘くはないわよ」

「…そうだろうね。………もしかすると、隙を突いて穴から逃げられちゃうかもしれないけど………大丈夫………なんとか、射止めるから」


そう言い終えた直後、話しながら構えていた弓から、限界を見極めた矢が勢いよく離れて飛来した。
決まった軌道に乗って真っ直ぐ空を突き抜け、軽快な音色と同時にそれは的に突き刺さった。
それまでに射た矢の穴に、一寸の狂いも無くぴったりと収まっている。


矢が氷の結晶となって分散するのを見届けると、レトは再び弓を構え始めながらそっと口を開いた。


「………ドールは、バリアンに帰るの?」

それまでの会話の内容から外れた不意打ちな質問に、ドールは一瞬何を言われたのか理解出来ずに瞬きを繰り返した。
レトの視線は、手元の弓に注がれたままだ。
お互いにしばし沈黙を守ったまま、ドールはレトの質問を頭の中で反芻させ…ポツリと、言葉を紡いだ。

「………何度も考えたけれど………………当分は、帰るつもりは無いわ」

「…そうなの?」

レトからすれば、ドールの答えは予想外だったらしい。言い終えるや否や、いつもは眠そうな半開きの目を丸くしてレトが動作を止めて振り返ってきた。
元々彼女の故郷はバリアンであるし、三年前までは三槍の勢力の一つ、“赤槍”の長として戦っていた張本人である。
今回の三国平和協定を機に彼女は帰国するのでは、とレトは思っていたのだ。
…しかし、彼女は帰らないのだと言う。驚きを隠せずに何故…と疑問を投げ掛けてきたレトに対し、ドールは何故か目を逸らし、気まずそうに答える。


「……な…何でって……その…あたしの勝手であり………………と、とにかくっ…!…あたしがいないとあんたが寂しがるんじゃないかしらと思ったのもあって…!」