亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~


本来バジリスクは、人に慣れない。
この国に棲息する動物の中では、食物連鎖の頂点にある存在だ。
人間を恐れる事も無く、むしろ遭遇した際に危ないのは人間の方である。砂中から音も無く襲い掛かってくる砂漠のワニを、誰もが恐れているのだ。


そのバジリスクに、ライは近付くどころか…平然と愛称を呼んで愛でているのだ。



ガーラと呼ばれたバジリスクは、ギョロついた眼球でライを見上げ、その粘着質な唾液が糸を引く獰猛な口を開いた。
地響きに似た呻き声は、どうやっても恐怖しか与えてくれないのだが、ライからすればそれは可愛いらしい甘えた鳴き声である。

何度か頭を撫でてやった後、大きな口から伸びた手綱を握ると、ライはガーラの背に立ったまま合図を送った。

「帰るよ、ガーラ。今日は西側を通って行くよ」




手慣れた様子で手綱を引けば、ガーラはその図体には見合わない俊敏な動きで砂を掻き分け始めた。

巨体が砂漠に埋まり、一見ライだけがその場に佇んでいる様な状態になると……途端に砂埃が巻き上がり、周囲は砂嵐の様に視界が悪くなった。

遠目からは、地上を横切っていく砂嵐にしか見えない。
大胆に見えて、一番怪しまれない移動方法なのである。




ザザザザ…という砂を泳いでいく単調な音と、蔓延しては風に吹き飛ばされていく赤い砂埃の中で、ライは肩から背中にぶら下がっていたティーラを、空いている方の片手で抱え直した。


埃が鼻を擽るのか、何度か可愛いらしいくしゃみを繰り返す様を、ライは微笑ましげに見詰めた。

「…このバジリスクは怖くないよ。…僕の相棒の、ガーラっていうんだ」

足元で忙しく動く大きなガーラを不思議そうに見下ろすティーラに、ライは話し掛けた。
突風に吹き飛ばされない様に、ティーラを荷袋の中に放り込むと、そのまま袋の口から顔だけを覗かせた。



「このガーラの傍にいれば、たいていの動物は寄って来ないから……無理かもしれないけれど、仲良くなったほうがいいかもね。砂漠を越える上でも、僕の足になってくれるし…」












―――戦場では、刃となってくれるのだから。