亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~





「―――随分と余裕そうじゃないの、レト」

「………余裕って…何が…?」

三本目の矢が再び的のど真ん中に当たると、切り株に腰掛けたままずっとこちらを眺めていたドールが、不意に口を開いた。
ゆっくりと構えを解きながらレトは彼女に視線を向ければ、気怠そうに頬杖を突いたドールがその問いに答えた。


「…何って…平和協定の事よ。今一番大事な事だっていうのに頭に入っていないわけ…?………相変わらず、のんびりしているんだから…」

小首を傾げていたレトは、平和協定という言葉に何の話なのか理解したのか、無表情でゆっくりと相槌を打った。
今回三度目となる三国の平和協定への試みだが、案の定と言ってはなんだが肝心のバリアンからの返事が未だに無いのだ。
…この乗りだと、以前同様に不参加の返事を返され、またもや平和協定成らずという結果になるのではないか。バリアンの相変わらずの沈黙に、城内では大臣等からそんな声が聞こえてくる。

兆しが全く無い、何の展開も無い今の現状にドールはやきもきしていた。
…しかし、何か手を打った方が良いのではないかと頭を悩ませている一方でふとレトに目を向ければ、彼は彼らしく実にのんびりと日々を過ごしているではないか。
一番焦らないといけない人間が、木漏れ日の下で蝶々や小鳥と戯れている。

容姿が天使の様だから見ていて癒される半面、何かこう、イラッとくるものがある。



じとりと睨んでくるドールの眼光を、彼独特のやんわりとした空気で受け止めたレトは、うーん…と再び首を傾げて見せる。


「…別に余裕じゃない………と、思うよ。僕も一応、色々考えてるよー」

「こら、思うって何よ。その間は何よ。……絶対に色々考えてなんかないでしょうよ…」

「そんな事無いよ。…ドールは、心配性だね」

ドールの手厳しい突っ込みにも、突っ込みと理解出来ぬままにやはりのんびりと答えるレトだったが、再び的を見詰めて弓を構え始めながらそっと口を開いた。