「ライは何処にでもいる平凡な、可哀相な孤児だ。地味にたくましく生きているいいガキさ」

「今度会ったら、なけなしの駄賃でもやろうかねぇ」

「優雅な体験が出来る様に、馬車にでも乗せてやればいいさ。たいていの金は、食い物と旅券で消えちまうだろうし」



「平凡ほど、退屈で……しかし、良いものは無いな」
















……その、彼等が未だに噂する平凡で可哀相な青年が………役人のチェックを逃れて街の外へ出ているなどと、一体誰が予想するだろうか。


たいした力も込めていない両手で押した岩壁は、ぎこちない音と共に容易に動いた。
ライが動かした箇所は、よく見れば岩壁に酷似したただの張りぼてである。
奥に押し込めば、人一人通れるくらいの穴が目の前に出現した。
覗き込めば、その向こうには街の裏手に当たる場所が広がっていた。
腐れた材木や切り出した石が砂に埋もれているだけの、殺風景な一角だ。
切り立った岩場と高い崖に挟まれたそこは、当然ながら一切の人気が無い。



ジリジリと照る陽光だけが迎えてくれるその場に踏み出すと、張りぼてをはめ込み、ライは前に向き直る。


そしてそのまま甲高い指笛を鳴らすや否や……地上から数メートルの高さのある岩場から、何の躊躇いも無く飛び降りた。






熱された風と砂埃を浴びて落下したライの衝撃を受け止めたのは、この国に広がる赤い砂の海…ではなく。



上下にゆっくりと動く、大きな赤い岩……否、巨大な獣の背中だった。














「待たせたね、ガーラ。きちんと大人しくしていたみたいだね、ありがとう」

ライの足元で静かな息遣いを響かせる巨大な獣。
刃をも弾くゴツゴツとしたその岩肌を撫でれば、半分以上砂に埋もれていた巨体が、途端に全身を表に表した。






巨体は、ゆうに五メートル以上はあるであろう。ティーラと同様、砂漠と同色の赤い擬態色の身体は、厚い岩肌で覆われている。
赤い大きなワニの様な見た目を持つ獣は、裂けた口に並ぶ鋭利な牙や、短く太い手足から伸びた爪といい、見るからに獰猛である。

“バジリスク”という、このバリアンでは最も大きい肉食獣だ。