孤児のライには、頼れる親も守る家族もいない、若くして身一つの青年である。
流浪の民ではないことから、恐らく帰る場所があるのだとは思うが………家が持てる程の金はさすがに無いだろう。

「何処かの屋根の下に居着いているんじゃないのか?……そうじゃなけりゃ、野宿しかないさ」

「しかし、ここらは治安が悪いだろ。……女子供は奴隷商人にさらわれやすいしな。…小僧一人で、よくもまぁ今まで無事だったな」

「器用だしな。世渡り下手だが、経験で生き残っていくタイプだ。……案外、集団で暮らしていたりしてな」




勝手に膨らませた妄想で笑い合う旅人らの事など、露知らず。

街の外れまで来たライは、行列で擦れ違う人混みの先にある、街の出入り口である門に目を向けた。
街に出入りするならば必ず通るであろうその重々しいゲートに、ライは歩を進める。
門の内外には、この街だけで成立している役人という存在が数人。
出入りする人間から旅券を回収、手配したりと彼等はなかなかに忙しい。

出入りに規制があるこの街では、誰しもが木札で出来た旅券を首にかけて、役人の元に行く。


ちょくちょく出入りを繰り返しているライの様な人間ならば、当然ながら門を跨いで帰路につく。



…その筈、なのだが。







「……ちょっと走るから、しっかり掴まっているんだよ…」

肩の上で小さく鳴いているティーラに、微笑を浮かべてそう囁くと………ライは、その宣言通りに勢いよく砂を蹴った。
人混みを縫う様に駆け抜けながら、門に向かって真っ直ぐ進み……。










しかしあろう事か………疾走するライの歩は、不意に直角に曲がった。
突然方向を変えたライは、門に一点集中している人々の意識から隠れる様に、そのまま役人のいるテントの脇に飛び込んだ。



暗いテントの後ろには、街を囲む分厚い塀が仁王立ちしている。
人気が無いのを確認すると、ライはその岩壁のとある箇所をゆっくりと押した。