そう言って、直ぐにオヤジは顔を逸らして商談に戻ってしまった。
最後に可哀相なものを見る様な目で見られた様な気がしたが、気のせいだと思うことにする。

視線をティーラに移し、ライは手慣れた様子で捕獲器に手を伸ばした。
武器の手入れや建築、料理、子守から犬の散歩まで……数々の雑用を熟してきたライからすれば、こんな小道具の一つや二つの扱いなど朝飯前である。

少々複雑な作りをしたそれをいとも容易く取り外せば、罠から解放されたティーラは軽い身のこなしで砂地を跳ね……警戒心というものが無いのだろうか、そのままライの肩に跳び乗ってきた。
柔らかな感触と温度を頬に感じながら、ライは身体を擦り寄せてくる子猫を優しく撫でる。

「…なんだいお前、凄く人懐っこいな…。………お腹空いたかい?…よし、帰ったら何か食べさせてあげるよ」

手の平に収まってしまうくらいの小さな頭を軽く小突き、しっかりとしがみついているのを確認すると、ライは隅に置いていた自分の荷物を掴んだ。
荷物と言っても、盗まれても別段構わない程に中身は乏しいが。


「オヤジさん、今日の雑用終わりました。また二日後か三日後に来ます」

相変わらずの盛り上がりを見せている商談の渦中に向かって叫べば、「おう」という低い返事と同時に、陽光を浴びてキラリと光る硬貨が一枚、ライ目掛けて飛んできた。
それが今日の雑用の、ささやかな給料である。
その日の一食を粗食で済ませるのならば、足りない事も無いくらいの価値だ。

頭上を越えそうになっていたそれを掴み取ると、ライは律儀に一礼してオヤジの店に背を向けて走った。










「見る度に思うが…素直なガキだねぇ。…ありゃぁ世渡り下手だな…」

あっという間に人混みの中に消えた青年の背中を眺めながら、馴染みの旅人は厳ついパイプを吹かせた。
隣に腰掛けていた旅人も、同意の意を表す様に頷く。


「たくましい孤児だよ、本当に。……盗っ人に堕ちた大人に見せてやりたいくらいさ。…そう言えばあの小僧、帰るとか言っていたが……家があるのか?」