亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~

ケラケラと小さく笑いながら、ユアンは外に出るべくロープを両手で握り締めた。
木箱を踏み台に大きく跳躍しようと勢いを付け始めるユアンに、俯いていたライが未だに考え込んでいる顔を上げる。

「……僕達は何も…信じてはいけないのですか?………先生は何を信じているんですか?」


ライが言い終える前に、ユアンの姿は目の前から消え失せていた。彼の姿が見えなくなった天井の穴から、流れ落ちてくる砂の音に混じってユアンの声が一つ、落ちてきたのをライの耳は拾い上げた。

ほとんど即答だった彼の言葉は、ライには理解しがたいものだったが…実に彼らしいと、妙に納得できるものだった。










「そんなの、お金に決まっているじゃないですか」























にこやかな放浪医者が去ってからは、地下の隠れ家にはしばらく沈黙と煙草の煙たさが残った。
彼の置き土産にはいつも咳き込むばかりで、何とも嫌な残り香である。
特にロキは煙草の臭いが一際大嫌いの様で、室内だというのにフードとマスクを装着したフル装備で空を仰ぎ続けている始末だ。

しかしそれでもしつこい臭いに耐えられなくなったのか…ロキはとうとう腰を上げ、横に穴続きになっている隣の空間へと歩を進めた。

「……俺、向こうにいるから。何かあったら呼んでくれ」

「いい加減に慣れたらどうだ、臭いくらい」

「うるせぇ。喫煙者のてめぇが言うなってんだ…」

…だいぶ、まいってしまっているらしい。いつもの空元気は何処へやら。聞こえてくる彼の声には覇気が無く、酷くげんなりとしている。
バリアンは普通の紙煙草から水煙草まで、煙草の種類がえらく豊富で民衆の生活に根付いているのだが……ここまで煙草の臭いが駄目だという者は、そうそういないだろう。


いつもは皆で焚き火を囲んで一夜を明かすのだが、今夜は離れて独りで武器の手入れをするつもりらしい。
フラフラと重い足を進めていくロキの姿を見送るライの視界に、不意に別のシルエットが割り込んできた。