噂の蜃気楼とやらの正体とは何なのだろうか、という軽い気持ちを抱いた上での行動だったのだろう。
砂喰いなどの獣の群れに混じって蜃気楼に近付いていった商人は…問題の蜃気楼が消え失せた途端、いきなり…獣の群れに襲われてしまったのだ。
「獣の様子は、尋常では無かったらしいです。互いに牙を向け、獣によっては自らに爪を立て…共食いをしたり見境無くかじり付いたりと、それはもう恐ろしい光景だったそうです。……当然、獣達の殺戮の場にいた商人は、あっという間に喰い殺されてしまった。遠くから見ていた商人にも狂った獣が追いかけてきて、ほうほうの体で帰還したそうです」
「つまり……その蜃気楼が見えたら危険って事か?」
「ある程度の距離があれば安全ですが、まずは決して近寄らない事です。獣の共食いの仲間入りはしたくないでしょう?」
そんな事件があってからというもの、砂漠を横断する商人や旅人の間では“柱の蜃気楼”に関する噂が絶えなくなった。
注意を呼び掛けてはいるものの、蜃気楼というものは基本的に神出鬼没な自然現象で、注意の仕様が無いのが現状である。
せめて、この柱の蜃気楼に関する情報を少しでも多く入手して、自分達で用心するしかない。
「そして多くの目撃者の情報をまとめたところ…柱の蜃気楼は、太陽が真上に登る正午辺りを中心に頻繁に現れる事が分かりました。多く見られた場所は、砂漠の東側付近。しかし最近では西側に現れ始めたとも聞いていますね」
「………そんな話、全然知らなかった…」
ユアンの話を始終唖然としながら聞いていたライ。
情報を求めて街に足を運んでいるライにとって、それは初耳だった。世話になっている馴染みの情報屋のオヤジさんからも、そんな話は聞いたことが無い。
「…首都の辺りでは、全く蜃気楼の目撃はありませんからね。…もしかすると交易の妨げにならない様にと、地方から来ている商人達が蜃気楼の情報が漏洩しないようにしているのかもしれませんね。…蜃気楼のせいで流通が滞っているだなんて……商売にとっては大打撃ですからね。まぁ、その内漏洩すると思いますけれど」


