人差し指でサナの頬をつつけば、彼女の膝元に転がっていたティーが軽く飛び跳ね、ユアンの白い指にかじりついた。
かじられた本人は一瞬びくりと肩を震わせたが、笑顔のまま宙ぶらり状態の子猫をゆらゆらと揺らし続ける。
奇妙な光景だ。
「あと考えられるのは、強い精神的打撃……記憶を失うほど過去に辛い体験か何かをしたのか………………そしてもう一つは、魔術による記憶の忘却、もしくは操作でしょうね」
「…過去に…辛い事…」
もし、ユアンの言うように精神的ショックからくるものだったのだとすれば……何もかも忘れてしまうくらいの辛い思いを、サナは心に刻んでしまったのだろうか。
…そう思いながらふと、ライはサナを改めて見詰めた。
ぷらんぷらんと揺れるティーをぼんやりと目で追う彼女の様子からは、とてもじゃないが想像も出来ない。
…自分は、記憶喪失になりはしなかったが、死にたくなる程の辛い過去は確かにあった。
しかし、心の傷なんてものの深さは人それぞれで、サナのそれは他人の比ではないのかもしれない。
レヴィが言う様に彼女の正体を突き止めるためではあるが、ただ純粋に記憶喪失を治してあげたい…と考えていたライの思いに、もう一人の自分が待ったをかける。
もし心の傷が原因なのだとすれば………サナはこのまま。
………このまま、何も覚えていないサナのままでいる方がいいのかもしれない。


