亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~


…いつもニコニコと人の良い笑顔を浮かべているユアンは、周囲の期待を裏切る「分かりません」の言葉を単刀直入に吐き出して……そしてやはり、笑顔だった。

少しも申し訳なさそうではない爽やかな口調に加え、当然の如く差し向けられた診察料を要求するユアンの右手に、傍で見ていたロキの視線が一気に白くなった。
次いで「銅貨一枚で手を打ちましょう」と述べるユアンの手を、ロキの手が目にも止まらぬ速さで払い落とした。

パシーンという軽い音色に背を向け、ライはサナの傍らに屈んだ。
ユアンにされるがまま、口を開けたり瞳を覗かれたりグラグラと頭を揺らされたりと、素人目では診察なのかも分からない診察を受けたサナ。
初対面のユアンを前にしても変わらずぼんやりとしていた彼女は、ライの姿を見るとゆっくりと向き直ってきた。

「…あ、うあー?」

「何でもないよサナ。…ティーと遊んでなよ」

ランプを興味津々で眺めていたティーをひょいと持ち上げ、ライはサナの膝元に子猫を置いた。彼女の長い漆黒の髪を軽く撫でると、ライは再度ユアンに振り返る。


「…あの…サナのことですけど…本当にさっぱりなんですか?…ユアン先生…」

「毎度申し上げておりますが、その先生と付けるは止めて下さいよ。そんな大層なものではありませんから。…ええ、再三申し上げますが、さっぱりです」

そう言って火を付けた小さなパイプをくわえ、こちらに向かって苦い煙を吹き付けてきた。
煙草の一体何がそんなにいいのだろう…と内心呟きながら、ライは煙に顔をしかめて背けた。
もうもうと天井に上って空気に溶け込む様に消えていく煙草のそれに、サナとティーが揃って可愛らしいくしゃみを一つしたのが見える。

あっという間に視界を白く覆い始めた煙に、ライ同様、ロキも顔をしかめて口を開く。


「…医者が健康を積極的に害するなよ……ヘビースモーカーの医者なんて聞いたことがないぜ…」

「ささやかな余興ですよ、余興。仕事の後の煙草って落ち着くんですよね。まぁ、ロキ君には分からないでしょうけど」