亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~








「とても申し訳無いんですけど、残念ながらこの手の症状は専門外ですのでさっぱりです」

「さっぱりか」

「はい、さっぱりです。なので診察料を頂戴致します。銅貨二枚で手を打ちましょう」

「なので、じゃねぇよ。何だその額。出せないこともない妥当な値段を言うな」




さっきまで喉があっという間にカラカラに渇く暑さが続いていたのに、いつの間にかひんやりとした空気が肌を撫でていた。おや、と不思議に思って外に通じる天井の穴を見上げれば、何てことはない。外はすっかり、日差しの眩しさが行方を眩ました宵闇の空が広がっていた。

次第に濃ゆさを増していく黒いキャンパスに散らばる星の姿を確認すると、ライは隠れ家の奥へと踵を返した。


約五メートル四方の空間を照らすのは、黄ばんだガラスを突き抜けるランプの揺らめく明かりのみ。更に奥の空間には、小さな焚き火のシルエットがちらほらと見え隠れしている。オルディオが独り、朝から瞑想に耽っているのだ。



明るい光源のランプの元には、定期的にこの隠れ家にやって来る顔見知りの放浪医者の姿がある。
色白で白に近いベージュ色の短い髪、左目の眼帯とは対照的な右目は鮮やかな紅色…という、何とも物珍しい容姿の男だ。
歳はまだ十九と若いが、医者と名乗るだけあって腕は確かなものである。金にがめついのが難点だが、彼は好意でオルディオの診察をしてくれる、三槍にとってはありがたい存在だ。

月に一度、もしくは半月に一度くらいの回数で、毎回レヴィが待ち合わせの場所に彼を迎えにいく。



名前はユアンというらしい。

らしい…と言うのも、ライはあまりユアンの事を知らない。お世話になっているお医者さんという感じだ。



そのユアンが、オルディオの診察を終えて今はサナの様子を診てくれている。
何者なのかその一切が謎のサナに問いかけても、記憶を失った少女は首を傾げるばかり。
まずは彼女の記憶喪失から解決せねば…と、ちょうどよく訪れたユアンに任せてみたのだが。