度々全身に感じるのは、恐らくバリアンから感知されている不可解な魔力とやらだろう。
バリアンから流れてくる空気や風が、酷く重い気がする。憂鬱で気持ちが悪くなるそれは、人間に害は無くとも敏感な獣達には何等かの影響を及ぼしているらしい。
随分前から、何処に向けているのか分からない獣達の遠吠えが鳴り止まない。日の沈んだ夜に鳥が鳴く。天敵もいないのに小動物は穴蔵から出て来ない。
原因は分からない。何が起きているのか分からない。ただ…。
ただ……異常だということだ。
足音も吐息も殺した異常な何かが、姿を潜ませて静かに漂っている。
静かに、忍び寄ってくる。
地図を凝視したまま口を閉ざしてしまったリストから視線を外し、イブは頭の向きを変えてぼんやりと日光が差し込む窓を見詰めた。
透明な眩しい春の日差しの向こうに、柔らかな青色の空気が無限に広がっている。綿菓子そっくりの薄い雲が、視界の端から端へフワフワと流れていく。
不意に横切る小さな蝶のシルエットを目で追いながら、イブは深い息を吐いた。
あの窓の向こうは、あんなにも穏やかな時が流れていて、絵に描いた様に平和そのものの春が舞っているのに。
このまどろみを壊したがる者が、いるだなんて。日差しの暖かさよりも、戦火の焦げ付く熱さを望む者がいるだなんて。
(………いつになったら……隊長、楽になれるのかな…)
我が主。この国の主。
偉大なる女王陛下様。
…あたしの大好きな、“隊長”。
隊長は、昔からずっと忙しくて、頑張っていて、とっても強いけど、とっても可哀相な人で。
隊長には、早く楽になってほしい。
早く隊長の望む世の中になって、皆で楽しく笑いあえる毎日になって。
それで、それで、たくさん撫でてもらって。
………でも、そんな夢みたいな時は、まだまだ先みたい。
何かが、隊長を邪魔してる。
何かが、隊長を悲しませようとしているのかもしれない。


