不意をつかれた木村は無様に椅子から転倒して尻もちをついた。キョトンとした目で僕を見ていたが、次の瞬間に顔つきが変わり、バタフライナイフを僕の太ももに突きたてた。『小僧!命を惜しめ。泣き叫べ!』と左手から別のナイフを出してふり上げた。ダメだ…殺られると思った時、玄関のドアが閉まる音がして、全員が廊下の方に目を向けた。『優子さん!来るな!逃げろ!』と叫びながらもう一度木村に体当たりを試みた。しかし居間に入ってきたのは優子さんではなく見知らぬ男で、扉を開けて黙って立っている。その姿を見た木村が『さ、真田の兄貴…。どうしてここへ?』と困惑した表情を浮かべている。『相変わらず汚い事やってんな』薄笑いを浮かべた真田という男は僕のロープを外してくれた。木村は『真田さん、あんた足を洗ったんでしょう。構わんでもらえませんか』と怒りを押し殺した目つきで真田を睨んでいる。『優子は俺のカミさんになる女だ。手をだすな』真田の優しそうな表情が一変して阿修羅の様に冷たく青い気迫をみなぎらせて木村との間合いを詰めた。木村は思わず1歩後ろに退がり睨み返した。『その事をオヤジは了承してるんすか。してないなら俺もハイ、そうですかと引き退がる訳にはいきませんが』木村も手下のいる手前、簡単に退くつもりはないらしい。真田が僕に『確か鬼塚君だったな。優子の為に命はってくれてありがとうな。もうすぐ君の兄さんもここに来る筈だ。そしたら兄さんの言う通りに事を進めてくれるか…。俺はこの男に筋者の道理を教えなきゃならん』言い終わるが早く、瞬く間に間合いを詰めて木村の顔を2発の拳が捉えていた。手下も僕も声も出せないで一歩も動かないでいた。木村も口元の血を拭って立ちあがり『真田さんよ…。カタギになったあんたにいい様にこずかれたまんまじゃ俺もこの世界で生きていけないんでね。悪く思わないで下さい』と言って落ちているナイフを拾いあげた。二人は互いの間をはかりながらジリジリと近づいている。この二人は本気だ。止めなければ…と、思った時玄関の扉を勢いよく開けて誰かが入ってきて廊下をバタバタと走ってくる。あの騒々しい入り方は優子さんに違いない。最悪だ…。居間の扉が開いて真田がそちらに目を向けた瞬間、木村の身体が弾かれた様に飛び出して、ナイフの刃が優子さんの腹に向かっていた。