『兄さん、戻ろう。戻ってから坂口の所に行こうよ』兄さんはしばらく考えて、意を決した様子で『強司、今から牧場に戻っては奴らに時間を与えてやる様なもんだ。だからここで二手に分かれよう。お前はタクシーを捕まえて牧場に戻って彼女の帰りを待て。俺は坂口に会いに行く。優子ちゃんを見つけたり、奴らの動きがわかったらお互いに連絡を取りあおう。決して単独で危険なマネはするなよ』兄さんの真剣な表情に緊張感も窺える。僕は『兄さんこそ一人で危ない事しないでよ』と言って車を降りた。兄さんはわざと危険の確率の低い方へ僕を行かせたに違いない。それだけに、もし僕の方に火の粉が降るようなら自分で対処しなくては笑われてしまう。希望園の様子も気になるが電話番号は携帯電話のメモリーを見ないとわからない。まずは急いで牧場に戻ってからだ。僕は停まる気配のないタクシーを身体を張って停車させ、行き先を告げた。牧場の近くでタクシーを降りて慎重に中の様子を窺ってみる。静まりかえったログハウスには変わった気配は感じられない。ゆっくりと玄関に近づいて扉のノブを回してみる。扉はゆっくりと中に開いた。身体を中に入れた瞬間、首スジに冷たいものが当てられ『動くな。騒いだら殺す』と、言いながら髪の毛を掴まれた。ヤバい…待ち伏せされていたらしい。黙って両手を挙げた瞬間、腹に拳が入って、僕は膝から崩れた。